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第106話 受け入れて、吹っ切って

 本家へと戻った俺と園田に、戸部が声を掛けてきた。 「お前の部屋、ちょっとタマのヤツに貸してるから。あいつが帰るまで、お前はここに居ろ」  園田の首根っこを捕まえ、玄関脇の小さな部屋に押し込んだ戸部に、きょとんとした瞳が向けられる。 「え? なんでっすか?」  タマに部屋を貸されているコトも、帰るまで自分の部屋に戻れないコトも、理解不能だと園田は、戸部を見詰めた。 「若には内密にって言われてんだよ」  ばつが悪そうに、俺をちらりと見やる戸部に、口を開いた。 「俺は、若じゃないよ」  〝若〞は父親の礼鸞を示す単語であり、俺ではない。  ならば、秘密にする必要はないだろうと戸部の口を割らせる。 「……綺美のテープがほしいって来たんで。あれ、中身と外装が合ってない可能性もあるんで、確認していけって園田の部屋を貸してるんです」  ぼそりとタマの来訪理由を俺に伝えた戸部は、その視線を首根っこを掴んだままの園田へと向ける。 「お前の部屋ならオーディオ機器揃ってるし、少し奥まってるから落ち着いて見れんだろ」  にたりと嫌味な笑顔を浮かべる戸部に、園田の顔が引き攣った。 「あれは、そういう用途で揃えたんじゃないっすよ!」 「どうだかな?」  小競り合いを繰り広げる戸部と園田をその場に残し、俺はタマの元へと足を向けた。  礼鸞に内密にしてほしいのは、恋人にエロビデオを見るコトを隠したいからで。  落ち着いて見られるようにと園田の部屋に案内されているなら、今頃、独りで慰めているかもしれない。  タマのコトを、好きな訳じゃない。  だけど、同じ嗜好を持っているのなら話は別だ。  話を聞いてみたいという好奇心が、俺をタマの元へと向かわせた。  ヘッドフォンを着け、胡座をかいて画面を見詰めるタマの後ろ姿を視界に捉えた。  淫靡な曲線を描くタマの腰が、いやらしく揺らぐ姿を思い描き、腹の底がざわめいた。  性欲処理を手伝うと宣った俺に、オジサンを揶揄うなと窘められたが、40歳になっても尚、タマの色気は変わらない。  揶揄っているつもりなどない俺は、その中心へと手を伸ばした。  礼鸞にチクると言われてしまっては、俺は手を引くしかなくて。  タマに手を出したなどと知れれば、礼鸞は黙っていない。  それに、俺の性癖は普通じゃない。 「痛みに歪んだ顔とか、プライド粉々にされて生気を失った顔とか、…それでも気持ち良さげに恍惚としてイッてる顔とか。普通の人はきっとそんなんじゃ勃たないんでしょうけど……」  自分の性欲を満足させようとすれば、相手は少なからず疵を負う。  タマに疵をつけようものなら、俺の命は露と消えるだろう。  俺の横にしゃがんだタマは、疲れたように顔を歪ませた。 「厄介だなぁ……。ひねくれ過ぎだろ」  ダンボール箱から引っ張り出した俺好みの作品を指先で撫でるタマ。 「仕方ないでしょ。努力すれば治るとかそういう(たぐ)いのものでもないし……」  宥めすかすようにジャケットの上を走るタマの指先が、俺の心を粟立ててくる。  ぞわぞわとする不快感に、タマの手の下から、それらを引き上げた。 「まぁ、僕も、早々に割り切った口だからね」  俺の不機嫌な空気を読んだタマは、すっと手を引っ込め、腰を据え直す。 「女の子のおっぱい見たって、勃ちやしないし…っていうか、逆に萎えたし」  ははっと高らかに笑ったタマは、全てを受け入れ、全てを吹っ切っていた。 「女の子の媚びてくる声より、鸞ちゃんの冷たい瞳の方が、よっぽどクるものあったしなぁ」  ちらりと俺を値踏みするように見やったタマは、言葉を繋ぐ。 「礼鴉も鸞ちゃんには似てるんだけど、ちょっと違うんだよな……お前に感じるのは、恐怖で、鸞ちゃんに感じるのは畏怖なんだよなぁ」  伸びてきたタマの手が、俺の頭をわしゃりと混ぜくる。  タマにとって俺は、未だに小さな子供なのだろう。  礼鸞の半分しか生きていない俺にはカリスマ性が足りず、タマには守るべき存在として認識されているらしかった。

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