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第107話 ただ独り、大切な人のために < Side 瞬

 郭遥は、愁実のコトを忘れてなどいなかった。  愁実の気持ちを慮り、探すコトを躊躇し、諦めたつもりだったみたいだが、傷だらけの姿を見せられてしまえば、放っておくという選択は出来なかったようだ。  タマから貰い受けたAVの中に愁実を見つけた郭遥は、三崎を頼った。  最初に仲を引き裂いたのが、比留間の息がかかった俺なのだから、頼んでも無意味だろうと、比留間という選択肢は早々に除外したのだろう。  だが、三崎も裏の世界から足を洗って2年が経つ。  三崎は、自分の後継者〝天原(あまはら) (なお)〞という人物を郭遥に紹介した。  事を上手く運んだ天原は、黒藤の手から愁実を連れ戻した。  愁実を傍に置くようになった郭遥からは、欲しているものすら定かではない飢餓感に荒れ狂う空気は失せ、代わりに柔らかな充足感を纏うようになっていった。  父親の敷いたレールの上を惰性で進む人生より、ただ独りの大切な人間のために道なき道を歩いている今の方が、何倍も魅力的になっていた。  30歳という節目に、スズシロのトップに就いた郭遥は、第一線から退き、会長となった当主の目を盗み、完全会員制のゲイ風俗、秘密倶楽部〝JOUR(ジュール)〞を立ち上げた。  比留間をあまり良く思っていない郭遥は、小さな仕事は天原を使うようになっていた。  俺もあえて、比留間を推すようなコトもなく、使えるのならばと小さな仕事や大っぴらに比留間を頼れないJOUR関連の仕事は、天原に任せていた。  天原は、上手くやっていた。  だが、たった1度、しくじった。  JOURを開店してから、2年ほどの月日が経った頃。  郭遥から依頼された城野という男を守るために売り払った情報が、黒藤に不利益をもたらした。  この一件で、黒藤は数人の部下を連れ、佐鮫の組織から抜けるコトとなった。  その出来事は、なにかといざこざが絶えなかった2人、天原と黒藤の間に決定的な亀裂を生んだ。  手荒な方法で拉致された天原は、制裁を加えられる。  天原の威厳を表すように胸許で咲いていた白ユリの刺青を焼かれ、これ以上ない程に暴力の限りを尽くされた。  天原には、浅岡(あさおか) 明琉(めいる)という大事にしている人間がいた。  黒藤は、簡単に天原の命を断つという選択はせず、目障りな人物を痛めつけるため、その大事なものを目の前で壊すという憂さ晴らしの常套句を選んだ。  死んで楽になるくらいならば、自分のせいで堕ちていく愛するものの姿に苛まれ、苦しみ生きていけ、と。  だが、天原を通し、郭遥と親密な関係を築いていた浅岡の安全は保証されていた。  天原の身柄も三崎の伝で救出されたが、黒藤もその配下にある残党もそのまま残された。  浅岡が黒藤の手に落ちるコトは免れたが、三崎の力では、半グレとして伸し上がった黒藤を完全に潰すコトは敵わなかった。  案じた天原は、郭遥に浅岡の身を託し、自分は離れるという選択をした。

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