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第109話 過去を悔やむくらいなら
不快を露にする俺に、郭遥は問うてくる。
「好きなら、傍に居たい……、自分の手で守りたいと思うもんだろ?」
ぐっとペンを握り込んだ郭遥の視線が、ちらりと俺を見やる。
俺は、郭遥から愁実を引き剥がし、遠退けた。
力も伝もなかった郭遥は、守りたくとも守れなかった。
恨まれても仕方のないコトをしたのは、わかっている。
そんな俺は、この居心地の悪い視線を黙って受け止めるしかない。
「だけど、自分の傍に居たら幸せになれないから……、幸せにする自信がないから、大事なものを手放した」
はっと嘲笑を零した郭遥は、止めることなく言葉を紡ぐ。
「スズシロなんてでかいものを背負ってる俺の傍になど居るべきじゃない。自分に降りかかる火の粉すら払えないのに、愁実を守るなんて、夢物語だ……って、言い訳ばかりを並べていた。だから、何度もあった愁実を取り戻すチャンスを無駄にし続けた」
郭遥の手の中にあるペンが揺すられ、その尻が何度も机を叩き、カンッ…カンッ…と音を立てる。
「違う。……幻滅されるのが、振り向いてもらえないのが、捨てられるのが、……全てが怖かったんだ」
郭遥は、はっと小さな自分を嗤う。
「些細なプライドを守るために、…傷つくコトを恐れた俺は、愁実をこの腕に抱くコトを諦めた。…そのせいで10年もの時間を無駄にしたんだ」
過ぎてしまった時間を取り返すコトなど、出来やしない。
わかっているからこそ、郭遥は怖じ気づき、瞳を逸らし続けていた時間を悔いていた。
強く握るペンに、郭遥の手が血の気を失っていく。
「でも、郭遥さまは取り戻したじゃないですか」
白く冷たくなっていく郭遥の手に触れ、爪が食い込んでしまいそうな指先を解きほぐす。
「普通なら、一度手放してしまった宝物は、戻ってなど来ませんよ」
変えられない過去を悔やんだところで、帳消しになるはずもない。
ならば。見方を変えるしかない。
失ったと思ったものが戻ってきたのだから恵まれているのだと、プラスの部分に焦点を当てる方が、いくらかでも建設的だと思った。
「そうだな」
わかったと理解を示すかのように、固く閉ざされた拳を開こうとしていた俺の手が、柔らかく叩かれた。
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