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第110話 思ったようには転がらなかった

 宝物を取り戻し、精気を宿した郭遥の姿に、三崎の影がちらついた。 「天原は、…三崎のところに戻ったんですよね?」  俺の質問の意図を探ろうとするように、郭遥の視線が問いかけてくる。  守る自信がないからと大事な存在である浅岡を手放した天原は、1度離れた三崎の元へと戻った。  天原の苦渋の決断に、三崎が巻き込まれた形になっていた。 「三崎は、……また天原を愛して、苦しくなるんじゃないですか?」  予期せぬ形で再び手の中へと戻ってきた存在は、三崎を苛むのではないかと懸念する。  敵の手中に落ちた天原を救い上げた三崎。  未だに想っているのなら、天原が浅岡を手放した今、想いを伝える好機なのではないかと思った。  だがきっと、それは〝今更〞というもので。  濃密に過ごしていた時ですら動けなかったのであれば、今更、一緒に居たいなどと伝える気概など、三崎にはないだろう。 「たぶん、三崎に天原を想う感情は残ってないだろうな……。それは、天原にも言える」  そんなコトかというように、郭遥の瞳が俺から逸らされた。 「俺のように外的要因で強制的に分断された感情は、澱のように心の底に沈殿し続けるかもしれないが、自分で決断して見切りをつけた感情ってのは、意外と簡単に風化するものだろ」  割り切り捨てた想いへの興味がなくなるかのように、郭遥の視線は、あっさりと書類へと戻っていく。  俺は、礼鸞への感情を懐古する。  礼鸞に抱いていた、傍にいたいという強い想い。  恋情なのかもしれないと思うコトもあった。  でも、憧れの一種だと片付けた俺の心には、郭遥が愁実を想うような、執着するほどの感情が残ってはいなかった。 「あいつらはお互いに、別の相手を見つけている。天原の大事な相手は、三崎から明琉に変わってる。けれど……」  否定の言葉を放った郭遥は、寂しげな音で言葉を繋いだ。 「たぶん、天原が明琉を迎えに来るコトはないだろうな」  同じ理屈ならば、天原は明琉への想いを消してしまうコトだろう。  消沈していた郭遥が、ふと閃きを顔に浮かべた。 「まだ、間に合うんじゃないか? 黒藤たちが消えれば、天原の懸念もなくなる、…だろ?」  離れてから、さほど時間は経っていない。  あの時手放さなければと、後に悔やんでもそれは戻らないコトを知っている郭遥は、天原に後悔の念を抱かせたくはないのだろう。  明琉を天原の元へ戻してやれるのではないかと、郭遥は残党の始末を比留間に依頼した。  だが、天原は明琉の元へは戻らなかった。

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