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第114話 支配人の白藤
コツンと鳴ったノック音に、続けようとしていた河堀の言葉が止まった。
俺と河堀の視線の先、音を立てた扉が開かれ、1人の男が入ってくる。
「初めまして。比留間 礼鴉 さま」
胸許に手を当て深く頭を下げた男は、ゆるりと姿勢を正し、柔らかな笑みを湛えた。
「私、ここB Wis の支配人をさせていただいております白藤 と申します」
すっと差し出された白い手袋に包まれた手を反射的に握った。
くっと力を込められ、腰が上がる。
引かれるままに立ち上がった俺の手を握ったまま、白藤は言葉を続ける。
「ここは地下の格闘場で、賭博の場です。スリルと興奮、そして金儲けを目的とする人々が集まる場です」
中央のステージへと視線を飛ばした白藤の顔に、にんまりとした笑みが浮かぶ。
「自分が応援するファイターが相手を伸す姿は、何ものにも代えがたい興奮をもたらしますよ」
ふふっと零れた声は、抑えきれない欲情が腹の底から溢れ出てしまったような色を纏っていた。
すっと吸い込んだ空気で腹底の熱を冷ました白藤は、ゆったりと瞬き、俺へと視線を戻す。
「ここでは場の雰囲気も伝わらないですよね。せっかくですから、客席に参りましょう」
握手したままの手を引かれ、部屋から連れ出された。
案内された客席は、数席ごとに仕切りで囲われ、話し声は聞こえるものの、姿は見えないようになっている。
河堀が奥へと進み、俺、白藤の順に腰を下ろす。
目の前には、小さなモニターと操作盤が設置されていた。
「もちろん、賭けるのはマルですよね?」
5の数字が書かれたボタンを押下した白藤は、いくらになさいますか? と金額を訊ねてくる。
賭け事をするという意思表示すらしないうちに話を進める白藤に、操作盤に触れるその手を掴んだ。
「俺はまだ、賭けるとも言ってない。勝手に進めるな」
じとりと睨む俺に、白藤は慌て頭を下げる。
「失礼しました。お楽しみいただきたい一心で……」
窄んでいく言葉尻に、小さく息を吐く。
「現金は、持ち歩いてない」
興味がないのではなく、軍資金の心配なのかと、キラリと光った白藤の瞳が俺を見やる。
「清算は退出時のゲートで、行う仕組みとなっています。持ち合わせがなくとも、勝っていただければ問題ないか、と。今日の試合であれば、マルが負けるコトは、まずあり得ませんので……」
「任せる」
話すコトすら面倒になり、妥当な金額もわからない俺は、白藤に丸投げし、ステージへと視線を飛ばした。
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