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第116話 透明な僕 < Side マル

 暴力は、平気だった。  痛みには鈍感だった。  優しくされる方が、怖かった。  冷たくあしらわれ感じる痛みより、温かく優しくされた後の裏切りの方が、何倍も心を潰されるから……。 「こんな傷だらけの汚い身体じゃ、買えねぇな」  腕には縛られた痕、足には擦過傷、身体の至るところに刻まれた打撲痕…、薄汚れている僕の身体。 「何をされても痛くも痒くもないみたいで、無反応過ぎて……」  泣いたり喚いたりすればするほど、苦痛は嵩を増した。  ならばと僕は、感情を殺した。  なんの反応も示さない僕に、興味を示す者は少なかった。  僕は、このまま消えちゃうのかな……。 「逆らっても、逃げても、無駄なのはわかってるよな?」  年齢も性別もバラバラだけど、若いという点だけは一緒だった。  僕を含めた5人は、施設のような場所で暮らしていた。 「お前たちには戸籍…、存在を証明するものはない。お前たちは、この世に存在してない。透明人間だ」  話をしているのは、ここを管理している男だ。  これから僕たちは、売られるらしい。 「透明なのだから自由かと言えば、そうじゃないからな。透明なら、透明としての使い道がある。売れ残ったら、腹をかっ捌いて使えそうな中身だけ売り払う」  自由は、透明を通り越した消滅を意味していた。  自分の胸の中心から下腹部まで指先を走らせた男は、片方の口角を上げ、にたりと笑う。 「不用品は、捨てられる。お前たちが消えようと誰も悲しまないし、文句を言われるコトもない。お前たちの命に価値はない」  テーブルの皿の上に乗っているくし切りにされたオレンジを手に取った男は、がさつにその果肉を貪り、残った皮をゴミ箱へと放った。 「わかったら、頑張って高値で買ってもらえ。透明だとしても、消えたくはないだろ?」  僕は、あのオレンジのように中身をくり貫かれ、捨てられてしまうのだろう。 「いいね。育て甲斐がありそうだ」  諦めて、ぼんやりとしていた僕の耳に、声が響いた。

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