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第118話 ペケが謝るコトじゃない
殴られたコトはあれど、人を殴ったコトはない。
握り開いた真っ新 な自分の掌を見詰めた。
「戦った経験なんてないから、心配?」
眉間に皺を寄せたままに白藤の顔を見上げる僕に、心配は無用だと声が落ちてくる。
「大丈夫。戦い方を教えてくれるセンセーは用意してあげる」
僕は強くなれるという根拠のない自信を持っている白藤は、考え事をするように、ふわりと視線を游がせた。
「そうだなぁ…。マルが勝ったら、なにかしらのご褒美をあげる。でも負けたら、ペケに……」
すっと伸びた手が、僕の後ろに居るペケの顎を掴み、顔を上げさせた。
おどおどとした瞳を向けるペケの顔を値踏みした白藤は、満足げな声で言葉を紡ぐ。
「この顔なら客取れそうだし、オジサンたちの玩具になってもらおうかな」
にんまりとした笑みを浮かべた白藤は、ペケの全ては僕の肩に掛かっているのだと、圧をかけてくる。
僕は、頷くコトしか出来なかった。
僕に、反論の余地など、あるはずもなかった。
指南役として用意された男は、戦い方を教える一方で、僕を調教した。
僕の身体は、痛みすらも快楽へと変換するように作り替えられていく。
戦うための訓練と調教を終えて、僕とペケが与えられた小さな部屋に戻る。
疲れ果て戻った僕は、並べ敷かれている2組の布団のペケが入っていない方に横たわる。
布団の中で丸まっていたペケは、僕が立てた衣擦れの音に、そろりと顔を覗かせた。
じっと僕を見やるペケの瞳は、そっちに行ってもいいかと、お伺いを立ててくる。
僕は、黙って布団の端を持ち上げた。
ゆったりとした動きで布団から布団へと移動したペケは、僕に抱きつき、胸許に顔を埋めた。
「ごめんね」
掠れた音で紡がれる謝罪の言葉は、ここに来てから何度となく聞かされたものだ。
「ペケが謝る必要は、ないよ」
ペケがなにかヘマをしたわけでも、悪いコトをしたわけでもない。
ただ僕が、理由のない暴力を受けたペケの姿に、顔を歪めてしまっただけだ。
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