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第119話 誰でもいい

 殴られそうになったペケと白藤の間に割って入ったのは、目の前で無意味な暴力を振るわれるのが好きじゃないからだ。  殴るなら、僕にすればいいと思った。  ペケより僕の方が頑丈そうだし、なにより人が痛がる姿を見るのは、嫌だった。 「僕は平気」  申し訳なさげに小さくなるペケの背中を柔らかに(さす)った。 「逃げても、いいよ?」  ぼそりと呟かれたペケの声に、胸許に埋まる頭を見やった。 「マル1人なら、逃げられるのにね……」  ぼくなんて居なければ良かったね…、と寂しげに紡がれた声に、僕はペケの身体をぎゅうっと抱き締める。 「それはダメ。僕が困る。ペケがいなくなったら僕はどうやって、寂しさを埋めればいい? ぎゅってして、僕を温めてくれるのはペケしかいないんだよ……」  しょんぼりとした声を紡いだ僕に、ペケは抱き着く腕に力を込めた。 「それに、こっから逃げても意味ないよ。僕たちは、この世に存在してないんだ。……消えてなくなるだけだよ」  ここから抜け出せたとしても、すぐに捕まえられて、僕の中身だけが売り捌かれる。  要らなくなった外側は、ゴミとして捨てられる。  それならば、こうしてペケと温もりをわけあっていた方がいい。  僕たちは、ここに居る。  消えてなどいないと、お互いの存在を確かめるように、抱き合って眠りにつく毎日を送っていた。  白藤が王様になりたがっていた地下の格闘技場。  僕は、呆気なく頂点へと昇り詰めた。  右の腕が、じりじりとした鈍痛に苛まれる。  拘束が解かれた左手で緩く擦れば、ちりっとした痛みが走った。  でも、折れてはいないだろう感覚に、ほっとした。  ガチャリと音が鳴り、僕が控えている部屋の扉が開く。  いつものように、水のペットボトルと真っ赤な麻縄を手に部屋へと入ってくる白藤に視線を向ける。 「お疲れ」  心の籠っていない(ねぎら)いの言葉を紡いだ白藤の後ろから、見慣れぬ顔が現れる。 「今日のご褒美は、この方から受け取ってね」  水のペットボトルと麻縄を手渡され〝この方〞と称された相手を見やった。  相手など、誰でもいい。  作り替えられてしまったこの身体を蝕む熱を祓ってくれるのならば。

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