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第127話 善は急げ

「鸞ちゃんのせいじゃないよ」  礼鸞らしからぬ、どんよりと沈んだ空気を纏う姿に、僕はその頬を両手で包み込む。  暗く淀む礼鸞の瞳を覗き込み、後悔したところで変わらない現状に見切りをつけさせる。 「まあ、100%…絶対とは言えないけど。でも、100%鸞ちゃんのせいだとも言えないでしょ?」  首を傾げて見せる僕に、沈んだままの瞳がじっと見詰めてくる。 「鸞ちゃんが悩んだところで礼鴉が幸せになれる訳じゃないよ。礼鴉が幸せになれる未来を作るしかないし、…僕たちは、そういう相手に巡り遭えるように願うしかないんだよ」  悄気ている礼鸞を元気づけるように、軽く唇を重ねた。  ふっと強めに息を逃がした礼鸞は、スマートフォンを手にする。 「善は急げって言うしな」  発信状態にしたスマートフォンをスピーカーモードに切り替え、傍に放った礼鸞は、向かい合わせになっていた僕の身体を反転させ、まるでぬいぐるみでも抱えるかのように胸許に抱き込んだ。 「はい」  電話の向こうから、郭遥の凛とした声が響いてきた。 「瞬、郭司の元に戻ったらしいな?」  スマートフォンに顔を向け声を放つ礼鸞に、郭遥の溜め息が返ってくる。 「相変わらず情報が早いな」  感嘆と呆れの混じる郭遥の声に、礼鸞のしたり顔が、背後から僕を覗き込む。 「うちには凄腕の情報屋が居るからな」  くくっと自慢げに笑った礼鸞は、片腕で僕を抱えたままに、放っていたスマートフォンを拾い上げた。 「瞬の代わりに、礼鴉をお前に預けようと思ってんだけど」  マイクに向かい声を放つ礼鸞に、ちりっとした苛立たしげな空気が返ってきた。 「礼鴉を俺の傍に置けるわけないだろ。いかにもな比留間の人間を、スズシロで使うのは無理がある」  少し考えればわかるだろうと言わんばかりの声音に、礼鸞も百も承知だと言葉を紡ぐ。 「表じゃねぇよ。裏だ、裏」  〝裏〞という単語に、JOURの件だろうと察した郭遥の溜め息が重なった。  郭司の耳に入るくらいなのだから、礼鸞が知っていても不思議はないと、解釈したのだろう。 「黒藤を潰した貸し、まだ残ってんだろ?」  実質、黒藤本人を捕らえられてはいなかった。  だが、黒藤の側近として名を上げていた河堀は、比留間の手の内にある。  頭脳明晰だとしても、動力に欠ける黒藤が、比留間の息がかかっていると知って尚、なにかを仕掛けてくるとは思えず、深追いはせずに放置を決めた。  矢継ぎ早に問うた礼鸞に、郭遥は白旗を上げた。 「……わかったよ。でも、相性は確認させてもらうぞ。俺たちを舐めてかかるようなら、話はナシだ」  郭遥は〝俺たち〞と称したが、実質は愁実との相性だと察する。  現状、JOURを仕切っているのは、郭遥ではなく、愁実だ。  愁実は、スズシロの人間でもなければ、比留間に所縁のある人間でもない。  逆に、若い頃は借金のカタに身体を売らされていたような人物だ。  どちらかと言えば、捕食者ではなく獲物側で、簡単に喰い殺せるような位置にいる愁実だが、その背後には頂点に君臨する郭遥がいる。  その存在を認識すれば、礼鴉が愁実のコトを軽んじるコトはない。 「ぁあ」  当たり前だと声を返す礼鸞に、郭遥はさらに注文をつけてくる。 「あと、もう問題ないとは思うが、黒藤絡みの人間は寄越すな」

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