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第130話 別の次元の生き物

 わかったか? と、俺を見やる愁実にじわりと腹底が燻る。 「俺にゲイ風俗で働け、と?」  加虐性のある俺に、SMの女王様のようなコトが出来ない訳じゃない。  いや、たぶん俺の性には合っている。  だが、それを売り物にするつもりはない。 「キャストじゃねぇよ。オレの下でキャスト管理をしてもらう」  JOURは、スズシロの裏の顔。  そのシノギに食い込むために、礼鸞が俺を捩じ込もうと動いたのだろうと察した。 「君が比留間の所の坊っちゃんなのは、知ってる。だけど、ここではそんなものは関係ない。オレや明琉を舐めてかかるようなら、採用はしない」  不採用になって困るのは君だろ? と、値踏みするような視線を向けてくる愁実。 「あんたを軽んじるつもりはないよ」  スズシロの現当主である郭遥の絶対的な信頼があるからこそ、JOURのような重要な拠点を任されている愁実だ。  蔑ろになどしようものなら、俺の身すら危うくなる。  俺の態度に、気圧されぬようにと張り詰めていた愁実の空気が、ふわりと(やわ)らいだ。  カウンターからこちらへと出てきた愁実は、実際の職場を案内するよ…と〝VIP ROOM〞と書かれた扉を開けた。  扉の先に部屋はなく、そこにあったのはエレベータだった。  エレベータに乗り込み、連れてこられたのは、6分割された画面に部屋の様子が映し出されているモニタールームだった。  まるでラブホテルのような風合いの部屋に、人の気配はない。  ただ、そこで何が行われるのかを推測するのは、容易だった。  一般的なラブホテルと違うのは、そこに情はなく、あるのは欲だけで。  金で買われた男娼たちが、性を貪られる場所だというコトだ。  綺美の映像で見た愁実の姿が脳裏を掠めた。  ちらりと向けた瞳に、第2ボタンまで外されたシャツの隙間から、鎖骨の上を走る傷痕が映る。  皮膚が引き攣っているような傷痕に目を留めてしまった俺に、愁実は溜め息混じりの声を零した。 「アラサーの無茶は、若気の至りで済まされねぇんだよ。傷痕、消えねぇんだ」  歳を取るって嫌だね、と冗談めかしに笑った愁実は、覗く傷痕を隠すように襟を寄せた。  画面へと視線を戻した俺に、愁実の訝しげな瞳が差し向けられる。 「釈然としないか?」  なにか引っ掛かるコトがあるなら言ってみろと愁実の瞳は、俺の腹の中までもを見透かそうとする。  軽んじるつもりはないとは言ったが、愁実が喰われる側だったという事実は、消える訳じゃない。  モニターに視線を据えたままに、腹に湧いた疑問を、そのまま紡いだ。 「あんたは、画面の向こう側にいた。なのに、なんでそんなに凛としていられるんだ?」  言葉尻に合わせ向けた瞳には、驚いたような愁実の顔が映った。  こんな場所で働いていたら、買われた人間の貪られる姿に、過去の自分を重ねても不思議はない。  あの頃の荒んだ感情が戻ってきたりしないものなのか、と視線で問う俺を愁実は鼻であしらった。 「心までは、売ってないからな」  そんなコトかと言いたげに、愁実は凛とした声で答を紡ぐ。 「身体をいくら傷つけられようと、傷はオレの真ん中にまでは到達しないんだよ」  服の上から鎖骨の傷を辿った愁実は、勝ち誇り言葉を繋いだ。 「あんな生活になる前に、オレは郭遥との幸せな記憶を手に入れていたからな」  真ん中に抱えている大切な思い出が、愁実の心を守った。  記憶ひとつで愁実を守る郭遥の存在は、俺たちとは別の次元の生き物のように感じた。

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