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第132話 天原のシンボルマーク

 浅岡の脇腹には、白いユリの刺青が入っていた。  その刺青は、事件屋時代の天原のシンボルマークとして使用されていたもので、浅岡が大切にされていた証のようなものだった。  JOURからメディアの世界へ転身したいという人間が現れ、三崎の持つレーベルへの紹介のために浅岡が打ち合わせに行った。  そこで会った羽雨が、浅岡の腹に咲く白いユリに興味を示した。  刺青の情報を話してしまった浅岡は、凌久経由で天原の情報を探ろうとしている輩の存在や、羽雨が身体に白いユリを刻み、それが黒藤側の人間の目に留まった際に、身に危険が及ぶのではないかと不安になり、郭遥に相談した。  どの辺に入れたのかと問う俺に、凌久の瞳は嫌悪を丸出しにする。 「あんまりべらべら喋んのも、信用問題になりかねないから、言いたくないんだけど?」  むすっと顔を顰める凌久に、俺はここに来た理由を説明するのが手っ取り早いと口を開く。 「まあ問題ないとは思ってるんだけど、少し前に事件屋2人が揉めたのは、知ってるよね?」  天原と面識のある凌久にも黒藤からの探りが入り、2人のいざこざは耳に入っているはずだ。 「天原が一方的に因縁つけられて、ボコられた。その後で比留間(うち)が、黒藤の残党を蹴散らしたんだけど……」  黒藤本人には逃げられてしまったという吹聴したくはない内容に、思わず言い淀む。  言葉を止めてしまった俺に、凌久は急かすような視線を向けてくる。 「恥ずかしいからあんま言いたくないんだけど、黒藤本人には逃げられた」  腹を括り紡いだ言葉に凌久は、そんなコトは周知の事実だと、一つの瞬きで先を促してきた。 「〝白いユリ〞って、天原のシンボルマークみたいな所あるから。目立つところに入れたんなら、そのコの身に危険が及ばないとも限らない、だろ?」 「…なるほどな。それなら、心配ないんじゃない?」  話の筋が見えたと、凌久は自分の左足の外腿辺りを指差した。  羽雨が白いユリを刻んだであろうそこは、簡単に人目に触れる場所ではなかった。  だが、メディアへの出演を生業としている羽雨だ。  郭遥には伝えておくべきだろうと、凌久自身は問題なさそうだが、羽雨の足には白いユリの刺青が入っているコトを報告した。  羽雨の刺青に郭遥は顔を歪めはしたが、消させるほどでもないと結論づけた。  2人の(いさか)いは、もう5年も前の話で、比留間が介入して以来、黒藤の表立った動きはない。  メディアへの出演にしても、三崎の管理しているレーベルならば、白いユリの刺青をあえて映像に載せるコトはしない。  腹に白いユリを持っている浅岡の身辺も平穏そのもので、心配のし過ぎも良くないと、郭遥は不干渉を決めた。

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