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第134話 庇う必要のない男

 愁実の言わんとしているコトがわからずに、俺は怪訝な瞳を向けるしかなかった。 「黒藤本人には逃げられた……訳じゃないよな?」  繋がっていたから捕まえずに逃がしたんだろ? と、疑心に塗れた愁実の瞳が俺を睨みつけてくる。 「なにを…?」  急に出てきた黒藤の名にも、俺が逃がしたという疑念にも、困惑を否めなかった。  意味がわからず顔を顰める俺に、愁実は(とぼ)けるのもいい加減にしろと、語気を荒らげた。 「黒藤は、オレを商売道具として利用し、天原に傷害を加え、明琉の身を危ぶませた。比留間の人間だとしても、そんな男と繋がっている君はこの場に相応しくないっ」  愁実は、手にしていた資料を苛立たしげに俺へと突っ返す。 「これを持って帰って。2度とここには来るな」  足早にカウンターから出てきた愁実は、俺の腕を掴む。  俺を引き摺り下ろそうとする愁実に、ハイスツールに足を掛け、その場に踏み止まった。 「俺も煮え湯を飲まされた1人だっ」  苛立ち紛れの声を放った俺に、愁実は顔を歪める。  繋がっていたから逃がしたのではなく、捕らえる前に逃げられてしまった。  影も形も掴めずに逃げられてしまったのに、繋がりようなどある筈がない。 「黒藤の処理を任されたのは、俺だ。だけど、黒藤と繋がっていたから逃がしたんじゃないっ。あいつの手下がゲロった場所を手当たり次第に探ったけど捕まえられなかったんだっ」  言い訳染みた空気を纏ってしまう事実が、俺の苛立ちを加速させる。 「雑魚1人もまともに処分できない役立たずだと、恥をかかされたんだぞ。そんな男を庇う必要がどこにあるんだよ?」  怒りに白熱していく俺とは対照的に、愁実の熱気は、冷や水でも浴びたように色褪せる。  届くはずの手が空を切り、嘲笑う声が耳の奥で鳴り響く。  透かされる手に、どれほどの苛立ちを抱えたコトか。  腹立たしさだけが、身体の底に沈み淀んでいった。  怒りだけに浸蝕されていく感覚から逃れるために、黒藤の追跡を打ち切った。  断じて黒藤との繋がりなどないと言い切る俺に、愁実は疑念の消えない瞳で口を開いた。 「電話の相手、黒藤だろ」  白を切るにしても、もう少しマシな嘘を吐けとでも言いたげな愁実は、呆れ混じりの声を零す。 「いや。白だ、白藤……。あいつは〝B Wis〞という地下格闘場のオーナーで……」  違うと否定しておきながらも、じわりとした据わりの悪さを感じていた。

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