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第135話 コウモリのごとく

 俺の揺らぎに勘づいた愁実は、軽く視線を遊ばせ、首を横に振るった。 「あの声は間違いなく黒藤だ」  揺らぎのない声を放つ愁実に、自分の認識が違っているのではないかという疑いが、色を濃くする。 「いや、顔だって……」  見せられた黒藤の姿を映した写真と、白藤の見た目は、掛け離れていた。 「顔なんていくらでも変えられる。でも、声や喋り方は、そうそう変えられるものじゃない」  畏まった喋り方をしてたが、抑揚が酷似していると、愁実は一歩も引かなかった。  信憑性の薄れる自分の見解に、不信だけが折り重なっていく。 「その場所、誰に教えられた? その場所なり、白藤という男の素性なり、きちんと調べたのか?」  黒藤と白藤が俺の中で同一視されていないのだと気づいた愁実は、疑問符を並べ、2人を合致させようと試みる。  俺は、河堀に連れられるままに、地下格闘場に行った。  河堀の小さなシノギなのだろうと、気にも止めていなかった。  白藤にしても、河堀が素性を押さえているだろうと、自分では動かなかった。 「河堀だ。河堀に連れられて……」  俺の言葉に、河堀を拾ったのは黒藤を潰した時なのだろうと察した愁実は、はあっとあからさまな溜め息を吐いた。 「河堀かよ」  零すように名を紡いだ愁実は、心底嫌そうに顔を歪め、言葉を繋ぐ。 「あいつは信用ならない」  〝かわほり〞の名のごとくコウモリのような奴だからな…、と愁実の呆れ気味な声が響いた。 「自分の身を守るために、黒藤の隠れ家を俺に売るような薄情な人間だ。そんな奴が、黒藤と繋がっている訳がない」  険しい顔で解せないと喚く俺に対し、愁実は冷静に言葉を紡ぐ。 「河堀が黒藤の隠れ家を吐いたのは、陽動だな。逃げる時間を稼いでたんだろ」  いいように利用されたんだと俺を見やる愁実の瞳には、同情の色を浮かんでいた。 「間違いなく白藤は、クロだ。河堀と黒藤は今でも繋がっているとみて間違いないだろうな」  ふっと呆れるように息を吐く愁実。  それでも俺の違和感は、消えなかった。 「なんで、だ?」  絡まる紐が解けず眉を潜める俺に、愁実の顔も曇る。 「地下格闘場に俺を呼んだ理由は、なんなんだ? 嘲笑うためか? そんなコトのために、危ない橋を渡ったっていうのか?」  黒藤は、比留間(おれたち)に見つかれば命はない。  そんな危険を冒してまで、俺と接触する意味がわからない。 「その辺は、君たちで探れるでしょ」  オレに言えるのは、白藤の正体だけだと話を終わらされてしまった。  白藤の正体を知っていて隠していたわけでもなく、まして俺が黒藤を逃がしたわけではないと、納得した愁実はバーの扉へと視線を飛ばす。 「そんなモヤモヤ抱えたままだと仕事にならないでしょ。帰って良いよ」  俺に押しつけられた資料に手を伸ばした愁実は、それをするりと引き抜く。 「これに目は通しておくから」  さっさと帰れというように、手にした資料をひらひらと振るう愁実。  深く瞬いた俺は、大人しくバーを後にした。

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