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第136話 箔をつけるために

 いつもより早い上がりに、園田を呼ぶのも面倒に思え、タクシーを捕まえた。  釈然としないまま帰宅した俺を園田が玄関先で迎える。 「おかえりなさい」  勝手に帰ってきた俺に慌てるコトもなく、平然と迎えた園田に、話が筒抜けていると察した。  愁実から郭遥を経由し、俺の失態が比留間の耳に入ったのだろう。 「若がお呼びです」  くるりと背を向け歩き始める園田に、俺は黙ってその後を追う。  連れられ入った部屋は、よくわからない額縁や日本刀が飾られている和室で、礼鸞が書斎として使って場所だった。  その場には、礼鸞とタマ、それに後ろ手を組むように柴田に拘束されている河堀がいた。  捕らえられている河堀は、一通りの暴行を受けたらしく、目蓋は切れて腫れ上がり、口の端には血が滲んでいた。  泣いて喚いて許しを乞うたのであろう痕跡は、目を赤く充血させ、鼻水やら涎やらで顔はぐちゃぐちゃだ。  部屋に入った俺に、不機嫌さを隠すつもりなど微塵もない礼鸞の一瞥が飛んでくる。 「礼鴉。おかえり」  礼鸞の横で俺を笑顔で出迎えるタマは、異質な空気を放っていた。 「もう話は筒抜けてるんですよね?」 「そうだね。礼鴉の知っている白藤は、黒藤で間違いない」  残念だと言わんばかりの顔で、落胆に沈んだ声を紡ぐタマ。 「こいつは、未だに黒藤と通じてる」  柴田に取り押さえられている河堀を足先で小突いた礼鸞は、冷めた瞳でその顔を見下ろしていた。  それならば、なぜ……?  危険を冒してまで地下格闘場へと俺を招いた理由がわからない。 「でも。なんで俺に接触したのか、…比留間に見つかれば潰されるってわかっていて、あの場に招待された意味がわからない」  眉間の皺を深くする俺に、タマは白けた瞳を河堀へと向けた。 「その辺はこのコウモリくんに話してもらおうか?」  にこぉっと満面の笑みを浮かべるタマ。  その笑顔の下から、恐ろしい般若が覗いていた。  河堀の唇は、なにかを紡がねばと、はくはくと動くが、聞き取れるほどの音を発する力は残っていなかった。  首を傾げ河堀の顔を覗き込んだタマは、嘲笑う。 「喋れない、か。喉、潰しちゃったもんね」  ごめんごめんと微塵の感情も乗らない言葉を発したタマは、ちらりと柴田を見やる。 「箔をつけるため、っすよ」  タマの視線を受け、口を開いた柴田は言葉を続ける。 「比留間の息子が顔を出せば、比留間の後ろ楯があるように見え、箔がつくだろうっていう黒藤の策略っすね……」  広いガラス張りの間口で、握手されたコトを思い出す。  あれは、俺との間の親密な空気を、賭け事を楽しみに来た観衆に見せびらかすための行為だったのだ。

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