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第139話 お前らしく居ればいい

 そう。欲しいのは、強い駒として、だ。  可愛いからとか、惹かれているからとか。  まして…、好き……とかじゃなくて。  無意識に、マルに対する感情を誤魔化そうと頭が働く。  だが、好きという想いを否定しようとすればするほどに、思考が絡まっていく気がした。 「誤魔化そうとするな。大事だと思うなら、…好きなら好きと言えば良いだろ」  なにを恥じらっているのかと、呆れの色が浮かぶ礼鸞の瞳が俺を見やっていた。 「別に、お前の嗜好をどうこういうつもりはねぇんだよ。お前は、自分がおかしいと思ってるらしいけど」  疲れを纏う礼鸞の言葉に、俺はなんの反応も示せなかった。  自分の異常な性癖を俺は受け入れていると諦観めいた愚痴をタマに零した過去がある。  タマの耳に入った話は、礼鸞にも知れていると思って間違いはない。 「別におかしかろうが、普通でなかろうが、どうでもいいんだよ」  礼鸞がなにを言わんとしているのかわからず、意図の掴めない俺は眉を潜める。 「普通になろうとなんてしなくて良い。お前は、お前らしく居ればいいんだよ」  小馬鹿にするような視線を向けてくる礼鸞に、俺は居心地の悪さから逃げようと、無意識に瞳を背けていた。  逸らせた瞳に、俺の意識が内に向く。  内側に向かった意識が頭の中に想い描かせたのは、悔しがりながらも俺の手で果てるマルの姿で。 「認める。……俺はマルを手に入れたい」  強いから、なんていう理由じゃなく。  俺はマルに、……惹かれてる。 「だから。消したくはない」  気づかされた心が、マルを守りたいと叫んでいた。  そんな相手を消すのは嫌だと否定の想いを込め、礼鸞を睨み上げた。 「誰も、そいつまで消せなんて言ってねぇだろ」  攻撃的な瞳を向ける俺に、礼鸞は半ば呆れた声を放つ。 「どこまで黒藤に心酔してるかにも寄るけど、河堀みたいにはならないと思うよ」  俺と礼鸞が醸すピリピリとした空気に、大人しくしていたタマが声を上げた。  にっこりと笑うタマの姿に、一触即発の張り詰めた空気が、ふわりと和らぐ。 「河堀ほどの忠誠心があるとは思えないんだよね。あのコたちは所詮、金で売買されただけで、そこに心があるとは思えないんだ」  さすがに人の心まではわからないけど、とタマは眉尻を下げた。  情報に通じているといっても、それは事実を知っているだけで、真実まではわからない。  目に見える物事はわかっても、人の心の機微までを見透かしているワケじゃない。 「お前が傍に置きたいなら、そうすればいい。だが、裏切りが確認されたら……」  礼鸞の鋭い視線が床に投げ出されている河堀を、ちらりと見やる。 「次は自分が殺る。あんたの手は煩わせない」  言い切った俺に、礼鸞の瞳が、驚きを露に微かに開く。  次の瞬間には、嘲りの空気を混ぜた礼鸞の笑い声が部屋に響いた。 「そ。じゃあ、あとは任せた」  さらりと声を放った礼鸞は、床に伏している河堀を拾い、引き摺りながら部屋を後にした。

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