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第144話 紛れもない存在の証明

 ペケを連れて戻った黒藤と柴田。  しゃがみ込む俺を視界に捉えた柴田は、泣き濡れたマルの姿に眉を潜める。 「どういう状況?」  感情が揺さぶられて流れた涙は、痛みや苦しさから流したものとは質が違う。  いつもとは違う雰囲気を察したペケは、マルへと駆け寄りその身体を抱き竦めた。  一度も映したコトなどなかった俺の姿をその瞳で捉えたペケは、親の仇でも見るかのような視線を向けてくる。  すくりと立ち上がり、柴田へと顔を向け、口を開いた。 「マルとペケは、俺の傍に置く」  その話し合いをしていただけだ、と紡ぐ俺に柴田は、解せないと顔を歪めながらも、そうですかと無理矢理に現状を飲み込んだ。  虚勢を張り、刺々しい空気で俺を威嚇するペケに、マルは囁く。 「ペケが消えなくて、良かった……」  ぎゅうっとペケの服を掴むマル。 「ぼくは、良かったよ? 消えたって。マルが生きててくれるなら、それで……」 「ダメ。ダメだって、言った。ペケが消えるのはダメ………」  ペケの肩の上で、マルの真っ黒な髪がばさばさと左右に振られる。 「さっきから〝消える消える〞って…、なに言ってんだよ?」  柴田は黒藤を片手で捕えたままに眉間に皺を寄せ、透明度の低い現状に、数ある疑問の中のひとつを口から零す。  ペケの肩越しに柴田へと瞳を向けたマルは、ゆっくりと理由を紡ぐ。 「僕たちは、存在の証明がない透明人間で。だから、捨てられたら、使える中身だけを売られて、僕たちは消える。そうなっても、誰も悲しまないし、誰も怒らないから……」  だけど、ペケが消えるのは寂しいから。  大事な弟であるペケだけでも、助けてほしかった。  だから、2人まとめて傍に置くと言った俺の言葉に、マルは安堵の息を吐いたのだ。 「お前たちは消えない」  再び言い切った俺に、その本意を探ろうとするようなマルの視線が向けられる。 「お前たちが消えたら、俺は悲しむし、怒りもする。存在を証明するものがなくても、お前たちはここにいる。存在してるじゃないか」  透明なんかじゃないと紡ぐ俺の言葉に、マルの瞳は戸惑いに揺らぐ。  俺は、お互いを抱き締めあっている小さな存在である2人の腕を掴み、立ち上がらせた。 「こうして触れられるのは、存在しているから、だろ」  呆れ混じりの瞳を向ける俺に、マルもペケも、惚けた顔を向けてくる。 「それに、使えるのは中身だけじゃない。その能力も、考えも、感情も、…全部引っ括(ひっくる)めてマルやペケ(お前たち)っていう存在なんだ。そんなに自分の存在を認めてほしいなら、俺がその証明になってやる。俺の傍らに、ずっと居ればいい」  触れられるのだから、そこにある。  それは、存在の証明以外の何物でもない。 「そうっすね。俺にも見えてるし、触れるし……お前らは、ちゃんと存在してるし、消されたりしねぇし、させねぇよ」  くいっと片方の口角を上げ、したり顔で笑む柴田の横で、疲れ混じりの息が吐かれた。

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