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第145話 いつか、その手で

「オレは、消えたいんだけど……?」  さっさと殺ってくれないかと、黒藤は丸く収まっていた空気を破壊した。  嫌気の差す感情を隠すつもりのない柴田の瞳が、黒藤を見やる。 「ここならあの部屋のような衆人環視もない。オレが支配してきた2人に、オレが絶える姿を見せれば、鬱憤も少しは晴れるでしょ」  一思いに、さっさと殺ってよ? と、首を傾げる黒藤に、柴田はゆるりと腰にある銃へと手を伸ばす。 「そうだな。でも、ここの権利を明確に譲ってもらいたいもんだね」  首を傾げ返す柴田に黒藤は、そんなコトかとでもいうように、溜め息を吐く。 「一緒に来た彼があの場に座ってる時点で、ここはもう君たちの物だよ」 「そう。ならいいか」  柴田は、適当に物事を済ませるかのように軽く言葉を紡いだ。 「待て」  小さく放った俺の声に、柴田はシャツの下で銃を携えたままに動きを止めた。 「マル。どうする?」  マルが静かに流した涙は、自分が消えてしまうコトへの不安ではなく、少なからずの黒藤への情に思えた。  黒藤自身が死を望んでいる現状で、制裁を実行すれば、消された当人がほくそ笑むだけで。 「柴田はそいつを殺ろうとしてる。…生かしたいか、殺したいか。自分の手で仕返しをしたいなら、俺たちは邪魔しない」  どうしたい? と視線で問う俺に、マルの瞳が困惑に揺らぐ。  マルは、なにかしらの恩を感じているのだろう。  だが、黒藤がマルへと与えたのは、屈辱と侮蔑でしかなく、尊厳を踏みにじられたのだから、憤りを感じこそすれ、恩を感じる必要など微塵もない。  それでも、元から持ち合わせていない自尊心は、へし折るコトも穢すコトも不可能で、マルには復讐という概念も、晴らす憂さもない。  憤りを感じていないマルに仕返しを求めるのは、無理難題に思えた。 「……柴田。とりあえず、生かしたまま持ち帰ろう」  俺の言葉に、マルは困ったように眉尻を下げ、柴田は眉を潜める。 「仇を打ちたくなったとき、相手がいないのは後味が悪いだろ」  黒藤を今、処分したところで意味はない。  それならば、黒藤が虐げてきたマルに命を握らせるのもありだと考えた。  マル自身が、受けたものが恥辱だと気づいた時、その手で憂さを晴らせるように。

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