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第153話 正解がわからない

 いつものように、キャストが控室からホールへと出ていったのを確認し、礼鴉の待つモニタールームへと戻った。  黙ったままに、礼鴉が座っている場所の隣に椅子を置き、腰掛ける。  明琉もペケも居ない2人きりの空間は、広く静かだ。  黒い画面に反射する礼鴉の顔をぼんやりと眺めていた。  インカムを使い、時折ホールへと指示を飛ばしていた礼鴉の瞳が、反射する僕の姿を捉える。  交差する視線に、礼鴉の気を散らしてしまったのかと、僕は慌て顔を背けた。  そっぽを向いた僕に、礼鴉は直にこちらを見やる。  するりと伸びた礼鴉の手が僕の顎を掴み、顔を上げさせた。  頭を撫でられるコトはあっても、こちらを向けというように、強制的に顔を上げさせられたコトはなかった。  珍しい礼鴉の行動にきょとんとした瞳を向ける僕。  ぽかんと礼鴉を見詰めていた僕の目の下を親指が、するりと這っていく。 「寝不足か?」  礼鴉の指は僕の目の下に出来ていたクマをなぞったらしい。  ……確かに、眠れていなかった。  昼夜逆転のような生活サイクルだったが、睡眠にあてる時間は充分にあった。  でも。  ふかふかのベッドの上で目を瞑っても、隣にいるペケを抱き締めても、なかなか眠りにつけない毎日が続いていた。  ここには、苦痛も恐怖もなくて。  疲れ果てるコトもない代わりに、興奮するようなコトもない淡々とした日々で。  疲れて泥のように眠っていた頃のように、うまく睡眠をとるコトが出来なくなっていた。  それに加え、ここに来てから、礼鴉は僕に手を出さない。  頭を撫でたりはしてくれるが、縛られるコトも、口淫を求めるコトもなかった。  溜まった性欲が腹の中で、ぐるぐると渦を巻いていた。  自分で処理をしたくとも、作り替えられてしまった身体は、うまく吐き出すコトが出来なくて。  だからと、黒藤から与えられていたような褒美をもらいたくとも、どうすればいいのかわからなくて。  寝不足だなんて烏滸(おこ)がましいコトを言えるはずもなく、僕は言葉を詰まらせる。 「黒藤が、心配?」  どう返答するのが正解なのかと言葉を探していた僕に、予想外の問いかけが落ちてくる。  絞り出すように紡がれた質問に、眉根を寄せた。 「くろ、ふじ?」  僕の寝不足から、黒藤に辿り着く意味がわからなかった。  確かに、僕を必要としてくれて、居場所を与えてくれたのは黒藤だ。  だけど、それは礼鴉に拾われる前の話で。  黒藤は僕なんかに心配されたくなどないだろうし、実際に心の片隅にすら、その存在はなかった。

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