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第155話 〝ご褒美〞のもらい方
沈むように落ちた僕の視界に、開封された小さなダンボールが映り込む。
中身は、個室に設置されている玩具や拘束具で、交換予定の物だ。
昼から浅岡が出掛けてしまい、礼鴉の手が回っていないのだろう。
淀む空気のこの場所から逃げる為のちょうど良い口実が出来たと、僕はダンボールへと手を伸ばす。
「これ。交換してくる」
「待て……」
僕がダンボールに触れる直前に、それがかっ拐われた。
微かに僕の指を掠めた衝撃に、赤い麻縄がダンボールから、ぽとりと零れ落ちる。
慌て拾おうとする礼鴉の姿は、証拠隠滅を図る犯人かのようで、今度は僕が眉を潜め、それをかっ拐う。
微かに歪んでいた僕の表情に、礼鴉は疲れを露に息を吐く。
「そんな物、見たくないだろ」
溢れる嫌悪を隠そうともせずに言葉を紡いだ礼鴉は、返せと手を出してくる。
僕を縛り、命令を下し、欲望を発散させる。
その一連の作業は、僕にとっては〝ご褒美〞でも、礼鴉にとっては〝面倒な仕事〞だったのかもしれない。
でも僕は、素直に麻縄を返したくはなかった。
「縛ってください」
初めて会った時と同じ言葉を紡ぎ、麻縄を礼鴉の手に乗せた。
僕の言葉に、礼鴉の眉がぴくりと揺らぐ。
「無理しなくて良い。君はもう自由なんだから。嫌なコトを強情る必要なんてない。不快に思いながら、俺に尽くす必要もない」
ふつりふつりと沸騰している煮え湯のような苛立ちが、礼鴉の口から零れてくる。
鋭い刃物のような空気を纏い、忌々しげに僕を見やる礼鴉に、どうすれば本心なのだと解ってもらえるのだろうと、言葉を紡ぐ。
「不快じゃないし、嫌なコトなんかじゃない。僕が、そうしてほしいと思ってるんだ」
心の奥底を見透かそうと黙ったままに僕を見詰める礼鴉に、言葉を足す。
「この身体が、寝不足の原因なんだ……」
嘘はないと、望んでいるコトなのだと解ってもらうためには、その理由を伝えるしかないと思った。
「前なら、ペケを抱き締めれば、すぐに眠れていたんだ。でも、毎日が穏やかで。痛いコトも苦しいコトも疲れるコトもなくなって……」
身体が、以前ほど睡眠を求めなくなっていた。それに。
「礼鴉の声や姿に、反応しちゃうんだ……」
礼鴉の姿を見れば身体が反応してしまう。パブロフの犬さながら、繰り返された〝ご褒美〞の記憶が僕の腹底を炙った。
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