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第156話 僕は良かったと思ってる

 腹の底に重く蔓延る熱は、自分ではどうにも出来ないもので。  股間を隠すようにシャツの裾を掴み、ちらりと向けた瞳の先で、礼鴉の眉がぴくりと揺らぐ。 「こんな目で見られるの、嫌……だよね」  そんなコトばかりを考えているのかと呆れられた気がして、恥ずかしさに視線を逸らせた。  赤く染まる頬とは対照的に、服を掴む指先がじんわりと血の気を失い、白んでいく。  礼鴉の手を借りなければ、性欲を処理するコトすら出来ない世話の焼ける自分が疎ましかった。  ぽすんと礼鴉の手が僕の頭に乗った。 「気づけなくて、ごめん」  命令されなければ逝くコトが叶わない……そう調教された身体なのだと、気づくべきだったと礼鴉の顔が申し訳なさそうな色を浮かべる。  握った麻縄をちらりと見やった礼鴉は、それを箱へと戻しながら、言葉を繋いだ。 「今日の仕事が終わったら……、な」  居心地悪げに歯切れ悪く話す礼鴉に、僕は肩を落とす。 「ごめんなさい」  僕の頭に乗っている礼鴉の手が、慰めるかのように撫で擦る。 「謝らなくていい。マルは悪くない。悪いのは、そんな身体にした黒藤だ」  僕に触れる手は、優しく柔らかいものだったが、吐き出された声は腹立たしげに歪む。 「嫌なコトさせてる〝ごめん〞……だよ」  一瞬、驚いたような瞳を見せた礼鴉は、改めて言葉にしなくてはいけないのかと言いたげに口を開いた。 「……嫌じゃない。気づいてるんだろ。……俺は、加虐嗜好だ。苦痛に顔を歪めながらも、抗えない快感に堕ちていく姿に興奮するんだよ」  投げ遣りな声を放った礼鴉は、忌々しげに空を睨む。  こんな嗜好だから、まんまとあいつに利用されたのだと、当てのない憤りが、礼鴉の心を震撼させる。 「でも。……だから、会えた」  空を睨んでいた礼鴉の瞳が、音に誘われ、僕に向く。 「僕は良かったと思ってる。礼鴉に会えて、礼鴉が拾ってくれて、傍に置いてくれるようになって……」  礼鴉の口から諦めを纏った溜め息が零れ落ちた。  棘のような鋭さを備えていた礼鴉の瞳から冷たさが消え、柔らかなものに変わった。

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