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第三章 1
世間の正月気分も抜けた頃、春向けの企画がちらほら舞い込んでくる。
何度か依頼を受けたことのある大手広告代理店『リーフデジタル』からのメールをクリックする。仕事内容はこれも大手の化粧品メーカー『ファルファデ』の春の新作シリーズのポスターとCMだ。
オレも最近はフォトだけでなくCM撮影もするようになった。
オレはその依頼を受けることにし、承諾のメールを送った。
「…………」
この時、なんとなく嫌な予感がした。それが何なのか掴めないまま、そんな予感がしたことすら忘れてしまった。
(あ……ああ……)
彼女の顔を見た瞬間、オレは忘れていた筈の『嫌な予感』を思い出した。その予感が何なのかも理解する。オレは誰にも気づかれないくらいに小さく溜息をついた。
(確か……あの時のメールでは、別の……)
直前でモデルか変更することは、ままあることだ。
今回の依頼内容は、三タイプのメイクのポスターと、CM。女性モデルが三人。ポスターは女性モデルのみの撮影。CMはこれに男性モデルが一人加わる。
今日はポスター撮りのみでCM撮りはない筈だが、男性モデルも見学に来ていた。女性モデル三人のうち一人と、この男性モデルが当初と違っていた。
『ハル』と『Rina 』。選りにも選ってこのふたり。
『ハル』はスタジオの端の壁に寄りかかり、じっとこちらを見ているが、無表情。他の二人の撮影中、物言いたげにちらちらと視線を寄越す『Rina 』。
かなり居心地が悪い。しかし仕事は仕事。オレは気を取り直して撮影に集中をする。
二人目の撮影が終わり、一旦休憩に入る。そっちの方に、ちらっと視線を遣ると、相変わらず遙人が無表情で見ている。
(なにっその顔っ。まだ怒ってんのっ?)
あの日以降顔を合わせたのは今日が初めて。もう半月は経っている。
(謝ってないオレが悪いんだけどっ)
『Rina 』の撮影に入ると、困ったことに物言いたげな視線が倍増。ファインダー越しにめちゃめちゃ圧を感じる。写真にはすべて映しだされてしまうだろう。
(いや、いいよ。こんな顔も魅力的。でもな……)
「ごめん、いったん休憩いい?」
「え? 休憩ですか?」
その場の一堂が不思議そうな表情をする。それはそうだろう。ついさっき休憩を取ったばかりだ。
「ごめん」
自分の眼の前に右手を立てて謝る。
「リナ!」
オレは彼女に声をかけ、廊下に連れ出し、二つ先の控え室のドアを開けた。ここはオレ用に使わせて貰っていて、中には誰もいない。オレは誰もついて来ていないことを確認してからドアを閉めた。
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