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第10話 不器用な料理と気持ちなのです

 月曜日。  大学の授業をすべて終えた俺は放課後、片方の肩に画材が入った大きなカバンを下げてデパートに入った。  目指すは本屋だ。  本を売っていそうな場所がデパートしか思い浮かばなかったのだ。  デパートの一階入り口に掲示されているフロアの案内を見ながら本屋が何階にあるのか確かめる。  色々な店があり、本屋を探すのに時間がかかってしまった。  やっと見つけた本屋は四階にある様だ。  エレベーターが何処にあるのか分からなかったので目に付いたエスカレーターで本屋がある四階を目指す。  エスカレーターは混んでいた。 俺は肩に掛けたカバンが邪魔にならない様に身を小さくしてエスカレーターに乗る。 二階、三階。  エスカレーターでやっと四階に着いた頃には肩にかけたカバンの重みで大分疲労感があった。  フロアマップで本屋の場所を確認して本屋を目指すが、フロアが広くて迷ってしまい中々本屋まで辿り着けない。  肩に食い込むカバンの重さがしんどい。  本屋を見つけた時は感動を思えた。  しかし、本屋も広く、迷路の様だった。  同じ所を行ったり来たりしながら目的の本がある棚を探す。  目当ての本の棚がある場所に行く事すらこんなに苦労するなんて、都会暮らしは大変だ、とますます思う。  店員の姿を目にした時には心底ほっとした。 「あの……」  声をかけると店員は笑顔で応じでくれた。  俺は店員に導かれ、目的の本がある棚へと辿り着く。 「ありがとうございました」と店員に頭を下げれば、「いつでもお声かけ下さい」と言う優しい返事が返って来た。  こういう、ちょっとした親切が都会暮らしでは非常にありがたく、また感動する。  さてと。  俺は本棚をじっと見つめた。  料理本がぎっしりと収まった本棚。  この中から俺は最高の一冊を求めた。  男飯。  初めての一人暮らしのための料理本。  初心者さんのお料理教本。  簡単に出来る栄養食。  魅惑的なタイトルと美味しそうな料理が写る表紙を見ていると楽しい気分になって来た。  本の中を、パラリと見てみると、これまた美味しそうな料理の数々。  どの料理も色とりどりの素敵な皿に盛り付けてあって美味しそう感をアップさせている。  料理は作れないけど、食べる事は大好きだから料理本を見ているとテンションが上がる。  俺は何冊も手に取って最高の料理本探しに没頭した。  俺がこんな事をしているのは、夜に思い付いた計画を実行に移すためだ。  河瀬さんに栄養たっぷりで食べやすい料理をご馳走するのだ。  一時間以上はこの場にいただろうか。  やっとの事で俺は二冊の本を選んだ。  初めてさんの元気料理。  簡単、元気になれる夜のスープ。  この二冊だ。  値段を確認するとどれも二千円近かったが、写真が豊富な事と、作り方が分かりやすいのを理由にこれに決めた。  いざ買おう、とレジを探すがこれまた中々見つからず、声をかけられる店員も見当たらなかった為に三十分ほど本屋をぐるぐる回って、やっとレジを見つけた時は歓喜を隠し切れなかった。  デパートを後にした俺は電車でアパートのある駅に着くと直ぐにスマートフォンの地図アプリで近くのスーパーを探した。  スーパーには引っ越ししてから初めて行く。  今まで買い物は近くのコンビニで済ませていたのだ。  ちょっと道に迷ったりして辿り着いたスーパーの前で、買って来た料理本を開き、簡単に作れそうなメニューを探した。  メニューが決まるとスーパーで買い物をした。  米(二キロ)にキャベツ。  それと、長ネギとしらす(料理本には釜茹でしらすとあったが店に無かったので普通のしらすにした)。  そして、だしの素。  生姜。  調理器具で持っていない物もあったのでそれも買ってスーパーを出た。  料理本に料理の材料。  本日の買い物でかなり財布が軽くなった。  これは本当に早くアルバイトを始めなくてはと思う。  アパートの部屋に着いた頃には外はもう真っ暗だった。  荷物の重さで、へとへとだったが、帰って直ぐに米を炊く準備をする。  二合分の米をフィーリングで洗い、早炊きにして、初めて使う炊飯器のスイッチを入れた。 「つ、疲れた。米を炊くってこんなにも気合がいるものだったんだ。母さん、いつもありがとうございました」  炊飯器の前で両手を合わせた。  米が炊けるまで取り敢えず待つとして。 「料理の作り方でも予習しておこう」  その場のキッチンスペースに座り込み、料理本を手にして、ふむふむ、と頷きながらこれから作る料理のイメージングをする。  料理本には包丁の切り方や調理の仕方などが載っている。  なるほど、と何回言ったか知れない。  そうこうしているうちに米が炊けた。  いざ、料理だ。  奮闘する事、約、ニ十分。  出来上がった料理の味見をすると、中々の美味しさだった。 「これなら河瀬さんに食べてもらえるか」  俺は出来上がった料理をタッパーに入れて手提げ袋にそのタッパーを入れると、河瀬さんを訪ねた。  河瀬さんの部屋の前まで来て、そう言えば河瀬さんは在宅しているのだろうか、という大事な事を考える。  河瀬さんが部屋にいなければ意味が無い。  そもそも、もう夕飯を済ませているかも知れない。  ああ、己の計画の何とずさんな事か。 「ええぃ、ままよ!」  俺は勢い良くインターホンのボタンを押した。  数秒の間の後「はい。一ノ瀬君?」と言う河瀬さんの声。  良かった。  いた。 「あ、あの。河瀬さ……河瀬。夕飯、もう食べた?」と訊いてみる。 「いや、まだだけど……」  そう河瀬さんが言う。 「あああああっ、あの。良かったら何ですけど、えーっと、夕飯作り過ぎてしまって。良かったら食べませんか?」 「え? あ、ちょっと待ってて」  バタバタと河瀬さんの部屋から音がする。  俺は心臓をドキドキ弾ませながら河瀬さんを待つ。  玄関扉が開いた。 「一ノ瀬君」 「あ、あの。河瀬さ……河瀬。これ」  河瀬さんの目の前に手提げ袋を押し出す。  河瀬さんが手提げ袋を両手で受け取る。 「あの、それ。しらすとキャベツの雑炊なんですけど、良かったら、た、食べて下さい。あの、食欲無くて料理が作れないって言ってたから……本当に、良かったら何ですけどっ!」  俺は一生懸命喋った。  喉が渇いているのは帰ってから飲み物を何も飲んでいないからなのか。  河瀬さんは手提げ袋に視線を止めたまま、「ありがとう。頂くよ」と言う。 「あ……」  良かった。 「それじゃあ!」  そう言うと俺は速攻に自分の部屋へと戻った。  アパートの廊下に俺の名前を呼ぶ河瀬さんの声が響いたが、もういっぱいいっぱいで返事もせずに俺は部屋へと駆け込んだ。

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