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第12話 朝と夜の別れの後、隣人を思ふ

 今日はゴミ出しの時の出来事が頭を過り、何ともスッキリしない気分で過ごした。  大学の授業にも身が入らずだった。  河瀬さんが俺以外のアパートの住人にも優しくしている。  それを考えると凄く、もやもやした。  いきなりあの場を後にした俺。  河瀬さんは変に思わなっただろうか。  もう、ずっと河瀬さんの事を考えていた。  考えすぎて頭痛がしたくらいだ。  あれから河瀬さんとは一度も合っていない。    ああっ。  今は夕方。  俺は雑念を消そうと夕飯作りに集中していた。  今日の夕飯は月見うどんにした。  材料に長ネギ、と料理本にあったので昨日買った長ネギが余っていたから丁度いいと思ったのだ。  料理本は分かりやすく、簡単に出来るメニューを推している様で不器用な俺にも今回も何とか料理を完成させることが出来た。  出来立ての月見うどんをラーメン丼ぶりにいれて、ラップを慎重にかけて、ラップの上に生卵を置き、生卵が落ちない様にタオルでラーメン丼ぶりを包んでから袋に入れ、河瀬さんの部屋を訪れる準備をする。  麺が伸びてしまうので出来立てを食べて欲しくて急いだ。  河瀬さんの部屋の前に立ち、インターホンを押すと、河瀬さんは直ぐに玄関口に現れた。 「こんばんは。一ノ瀬君」とニッコリする河瀬さん。  河瀬さんは朝と違って眼鏡をかけていた。 「あの。河瀬さ……河瀬。料理、作って持って来ました。これ」  月見うどんの入った袋を差し出すと、河瀬さんは、「ありがとう」と言って受け取ってくれた。 「あ、これ。昨日の料理が入ってたタッパー。返しますね」  そう言って河瀬さんは白いビニール袋を渡してくれた。  この袋の中にタッパーを入れてくれたんだ。  わざわざ袋何かに入れなくてもそのまま渡してくれて良かったのに。  気を使ってくれたのかな。 「ありがとうございます」と丁寧に俺は言う。 「ありがたかったのはこっちだよ。今日も、ありがとうございます。でも、こんな事言って良いのか分からないけど、本当に良かったんですかね。一ノ瀬君はまだ学生で、美大だと画材を買ったりしなきゃなのに僕の分までご飯作ったりしたら、お金、大変なんじゃあありませんか?」  河瀬さんの言う事は図星だった。  カップラーメンで済ませていた俺には正直お財布には大ダメージだった。  でも。  俺は河瀬さんの顔を見る。  河瀬さんはやっぱり何処か疲れている様に思える。  顔色が良くない気さえしてくる。  心配でどうしても河瀬さんの為に何かしたい。  だから、お財布のダメージ何かは気にならない。 「大丈夫です。料理の練習になるし、一人分作っても何だか張り合いが無いし。材料も一人分だとどうしても余っちゃうので。河瀬さ……河瀬が食べてくれると助かる」 「そう。ならご馳走になるけど、無理しないで」  俺には河瀬さんの方が無理をしている様に感じるのは気のせいだろうか。  河瀬さんの体調が宇宙一心配だ。  今日も朝からエナジーゼリーだけで過ごしたんだろうか、と考えると不安になる。 「あ、そう言えば、一ノ瀬君、朝、何かありましたか? 僕、何か一ノ瀬君に嫌な態度取っちゃったかな?」 「え」  予想外の質問に目が点になる。  河瀬さんは歯切れが悪そうに話す。 「いや、一ノ瀬君、ゴミ出しの時に急に何か直ぐに行ってしまったから。気になっていたんです」  あ、朝の事。  河瀬さん、気にしてくれていたんだ。  俺の事を河瀬さんが気にしてくれている。  その事の嬉しさと、心配をかけてしまった申し訳なさの両方の波が俺に押し寄せる。 「あ、あの。すみませんでした。えーっと、あの。大学行く準備を全くしていなかったので、その。急いでしまって。心配してくれてありがとうです。河瀬さんは全く問題ないです。俺の問題で」  言った事は嘘では無い。  大学へ行く支度を全くしていなかった。  でも、焦ってその場を飛び出すほどの事では無かった。  でも、何だか河瀬さんの事でモヤモヤして、だなんて事は口が裂けても言えない。 「そうだったんだ」と河瀬さん。  俺は、「はい」と頷くと、「あの、それ月見うどんなので、出来るだけ早く食べて下さい。生卵が丼ぶりの上に載ってますから気を付けて。一応、タオルで押さえいるけど」と焦りながら言う。  こうしている間にも月見うどんはどんどん伸びていっている様に思える。  河瀬さんには出来れば熱々の出来立てを食べて貰いたい。 「ああ、そうなんだ。じゃあ、早速頂きます」  河瀬さんは袋の口を広げてい中身を覗いた。 「あの。それじゃあ」  そう言って俺は一歩後ずさる。  帰ります、の合図だ。 「本当にありがとうございます。元気が出て来たら僕もまた料理をするから、その時にお返しさせて」 「そんな。気にしないで下さい。俺が勝手にしてる事なんで。あの失礼します」  河瀬さんに別れを告げて、静かに自分の部屋へと戻る。  俺は玄関扉を閉めると河瀬さんが持たせてくれたタッパーの入った袋の中にゴソゴソと手を入れた。  そうしてタッパーを取り出して、それを眺める。  タッパーは空で、綺麗に洗ってあった。  食べて……くれたんだ。  そう実感すると、じんわりと嬉しさが込み上げて来た。  体が何だか凄く軽い。  俺は部屋の中に上がると、手を洗い、鍋から自分の分のうどんを丼ぶりによそうと生卵を割ってうどんの上にそろりと落とした。 「美味しそう」  俺の頬が緩む。  リビングダイニングまでゆっくりとうどんを運びうどんをテーブルに置く。  テーブルの前に正座をして、小さな声で、頂きますをする。  そして、うどんをちゅるり。  お、美味しい。  少し伸びていたがうどんは美味だ。  河瀬さん。今頃、食べてくれているだろうか。  隣の部屋との間を隔てる壁を見つめながら思う。  少しで良い。  俺の料理が河瀬さんの元気の素になれば、ほんの少しでも。  うどんを啜る、ズズッと言う音を響かせ、俺は河瀬さんの健康を願うのだった。

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