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第26話 吸血鬼+α
大学の受業が全て終わり、後は帰るだけ、となった。
周りの同級生たちは仲間でワイワイとやっているが、俺にはそんな存在は大学内には存在しないのである。
リア充を見せつけられてほんのちょっぴり寂しい気持ちがした俺は速やかにその場を立ち去ろうとした。
そんな時。
たまたま見たスマートフォン。
俺当てにメールが届いているのが分かった。
どうせダイレクトメールだろ、と思って見てみると、相手は河瀬さんだった。
初めての河瀬さんからのメール。
嬉しい。
俺はウキウキ気分でその場でメールを開いた。
メールにはこうある。
秋君、こんにちは。
突然メール何かしてごめんなさい。
迷惑だったらごめんなさい。
秋君に話した喫茶店のアルバイトの件なんだけど、喫茶店のマスターに秋君の事を話したら取り敢えず、面接をしてからって事になって。
一応、今週の土曜日が面接の指定日何ですが、秋君の都合は如何でしょうか?
河瀬より。
「あっ」
自然と声が出た。
独り言を漏らした俺を数名の学生がチラ見してちょっと恥ずかしくなる。
河瀬さんアルバイトの話、覚えていてくれたんだ。
俺の口元が緩む。
面接か。
今まで散々失敗して来たけど、河瀬さんの紹介ならやる気出さないと。
俺はまるで稲妻の様に河瀬さんへのメールの返信を書き上げる。
連絡ありがとうございます。
メールは迷惑じゃないです。
アルバイトの件、ありがとうございました。
土曜日大丈夫です。
面接頑張ります。
送信。
教室の開け放たれた窓から風が入って来た。
淡い黄色のカーテンははためいている。
窓から覗く木の緑の色が濃い。
木の葉が風に揺らされてザワザワ言ってる。
葉の陰から青に近い色をした小鳥が一羽、飛び去る。
何だか一歩前に進めそうなそんな風景だった。
あっという間に土曜日。
俺は朝から緊張していた。
今日は河瀬さんの紹介してくれた喫茶店の面接の日だ。
面接はとかく緊張する。
俺は河瀬さんに頂いた手描きの地図を頼りに都会の街をさ迷っていた。
遅刻しない様にめちゃ早めにアパートの部屋を出た。
でも、迷いに迷って指定の時間が目の前に迫っているのだ。
これは河瀬さんの描いた地図のせいでは無く、俺が方向音痴の為だ。
それにしても、と道を探しながら思う。
今どき、カフェと言わずに喫茶店を名乗っているなんて、こだわりが強いマスターなのだろうか。
喫茶店の名前はSchmetterlingと言う。
ドイツ語でシュメッタリンと読むらしい、と河瀬さんに聞いた。
意味は蝶。
洒落てるな、と感じ入る。
あ、あった。
感で入った大通りから抜けた細い道に喫茶店シュメッタリンはあった。
細長いコンクリートのビルとビルの間に挟まれた木造二階建ての小さな店だった。
店の赤い屋根は長年の雨風のせいかくすんでいる。
店の看板は申し訳程度に戸口にぶら下がっていて見つけるのに凄く苦労した。
此処が喫茶店と聞いていなかったら何の店か不明だろう。
よし。
拳を握りしめた後、俺はクローズの札の下がった扉を開いて店の中に入った。
店の中は薄暗い。
照明は全くついていなかった。
「あのぅ。すみません。面接に来た一ノ瀬ですが」と声を出してみる。
しばらくその場で不安を感じていると、店の奥。
カウンターの向こう側の暖簾が掛かった入り口から、ガタリ、と音がした。
自然と体がビクリと動く。
「適当なとこに座って待っててくれ」と声だけが聞こえて来た。
俺は辺りを見回し、言われた通りに適当な席に着いた。
二人用の四角い木のテーブルの席。
腰掛けた椅子の座り心地の良さにびっくりする。
これから面接だというのに緊張で体がカチコチだったから、全てを受け入れてくれそうな椅子の座り心地に少し気持ちが緩んだ。
そのついでに店の中を見てみる。
数えるまでも無い座席に比例した立派なカウンターは薄暗い店の中で飴色に光っている。
壁の片隅には簡素な台に置かれた電話があって、それは俺が生まれて初めて見るダイヤル式だった。
確か、黒電話というやつだ。
天井には小さな店に似つかわしくないファンが船のプロペラの様に回転していた。
それ以外は本当に何も無い。
しかし、掃除は行き届いている様だった。
確かに、カフェよりも喫茶店と言われた方がしっくり来るな、と感じた。
店の中を見終えてしまえば後はぼんやりと目の前のテーブルを見るだけだった。
「お待たせ」
声のする方を見ると、暖簾を潜って背の高い男が出て来た。
ちなみに黒いエプロン姿である。
俺は立ち上がる。
面接官が現れたら立ち上がるのが一応のルールである。
河瀬さんの知り合いだというこの人は銀色の髪をしていた。
前髪がサラリと長くて片方の目を隠している。
河瀬さんいわく。
この人も吸血鬼らしい。
ちょっと浮世離れしているルックスは確かに人外の者を思わせる。
「一ノ瀬秋君?」
バリトンが響いた。
「は、はい」
かすれた声で俺は答える。
「俺がこの店の主だ。座って。開店前だから面接、サクサク済まそう」
そう言ってマスターはさっさと俺と対面の席に座る。
俺は「失礼します」と腰掛けた。
「履歴書、持って来た?」
「あ、はい」
慌ててカバンから履歴書の入った白い封筒を取り出してマスターに差し出した。
マスターは封筒を開けると中の履歴書に目を通す。
「ふぅん。美大生ね」とマスター。
「は、はい」と俺。
マスターは履歴書をテーブルの上に置くと、「いやあね……」と話し出した。
「あいつ、久しぶりに連絡して来たと思えば、友達の学生をアルバイトに使ってやってくれないか、とほざきやがる」
あいつ、とは河瀬さんの事だろう。
俺は、「はぁ……」と曖昧な言葉を発する。
「君、職歴ないんだ。高校の時、バイトとかして無かったのか?」
「はい。あの……予備校で忙しくて」
これは嘘だ。
確かに予備校は忙しかったがアルバイトをする勇気が無かっただけだ。
「ふぅん」
マスターも曖昧な言葉を発する。
マスターが両足を組んだ。
そうして、テーブルを指でトンッと弾く。
「あいつ、俺達が人間じゃないって事、君に話したらしいな」
「はい」
「困ったやつだな、あいつも」
「はぁ……」
マスターの指がテーブルを弾く。
トンッ。
「君から、あいつの匂いがする」
そう言ってマスターが思いっきり顔を俺に近付けた。
俺はビクリとして少し後ろに首を反らせた。
「あいつに、血を吸われた?」
訊かれて頷く。
「ふぅん……」
マスターの顔が離れてホッとする。
「この店は俺一人でギリギリってとこだ」
トンッ。
「は、はぁ……」
トンッ。
トンッ。
「俺は一人が好きだし、職歴もない使えなそうなガキをやすやすと雇うほどお人好しじゃない」
「はぁ……」
はぁ、しか言えない。
これは不採用じゃあ無かろうか。
「けど」
「はぁ……」
「あいつが俺に何か頼む何て珍しいから、面白そうだから雇ってやるよ」
「え」
「何だ。不満か?」
「い、いえ」
え、採用された?
あまりの呆気なさに気が抜けた。
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