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第29話 真面目な話の後のお風呂は実に気持ち良いのです 

「河瀬っ!」  寝室から出ると俺はリビングダイニングに駆け込んだ。  河瀬さんはそこにいた。  俺は河瀬さんの側にゆっくりと近付いた。 「秋君、起きたんだ」  眼鏡の縁に手を当てて河瀬さんはソファーから俺を見上げる。  その顔は何処か疲れている様に見える。 「あ、あの……俺……」  何処から何を、何て話せば良いのか分からなくて言葉が止まってしまう。  そんな俺を見ながら河瀬さんは柔らかく微笑んだ。 「秋君、気を失っちゃったから、ベッドまで運んだんだ。着替えも、勝手にしてしまってごめんね」と河瀬さんは静かに説明してくれた。  俺は下を向く。  そして、何か言わなくては、と思う。  取り敢えずは……。 「ごめんなさい」  の一言。 「どうして謝るんですか?」  不思議そうに河瀬さんが訊いた。 「だって。俺、何か、色々、河瀬に迷惑掛けたからさ。勝手に変になっちゃって、河瀬に変な事させて……」  一人で気持ち良くなって。  ズンッ、と心に重しが乗っかるみたいな気分になる。  自分が嫌で嫌でたまらない。  自分ってものが恥かしくて。  こんな自分が河瀬さんの側にいて良いのかと考えてしまう。 「秋君」  優しく名前を呼ばれて体がピクリと反応する。 「秋君が迷惑何て全然無いです。逆に僕何です。秋君に迷惑を掛けているのは。ごめんね」 「河瀬っ……」  河瀬さんに謝られると胸が痛い。 「前に話した通り、吸血する時に出る吸血鬼の唾液には媚薬の様な効果があるんです。吸血する時にできる傷口から僕の唾液が秋君の体の中に入って、秋君の体が性的に興奮するように働くんです。それは吸血を繰り返すほど高まって来るんです。毒が溜るみたいに、秋君の体に僕の唾液の媚薬効果が効いて行くんだ。だから、秋君がああいう反応をしちゃっても仕方ない事で。恥ずかしい事でも何でもないんです。僕のせいで秋君にその気が無くてもああいう事が起ってしまうんです。謝らなきゃいけないのは僕の方なんです。僕が初めにもっとちゃんと説明していたら。秋君の好意に甘える事をしなかったら……秋君にごめんなんて事言わせる事も無かった。本当にごめんなさい。こんな化け物で本当にごめん」  河瀬さんの言葉が心にチクチクと刺さる。  凄く痛い。  河瀬さんに謝らせちゃダメだ。  化け物だなんて……。  俺の血を吸った事を後悔させちゃダメだ。  しっかりしないと。 「河瀬、さ……。俺、大丈夫です。俺が変なんじゃないって事が分ったから、凄く安心しました。俺の体に起こってる事は普通の事なんですよね」  俺がそう言うと河瀬さんは強く頷いて、「はい」と言った。 「なら、平気です」  そう言って俺は笑って見せた。 「秋君……」  河瀬さんは何とも言えない複雑な顔をした。 「河瀬、俺、河瀬に元気になってもらって、それで河瀬の絵を描く事が目標なんです。その為に大学の勉強を頑張ってます。だから、河瀬が俺の血を吸ってくれないと困るんです。お願いだから俺の血を吸うのを止めないで下さい」  俺はもう必死だった。  河瀬さんに元気を出してもらいたくて。  自分でも何を言ってるのか分からないけど、兎に角何か言わなきゃダメだと思った。  だって俺は。  河瀬さんに。 「俺は、河瀬に生きていて欲しいんです。俺と一緒に、生きていて欲しいんです!」そう言い切った時には俺の息は上がっていた。  少し興奮しているのかも知れない。  頭がくらくらする。 「秋君、どうしてそこまで……」  問われて、俺は直ぐにこう答えた。 「俺は河瀬が好きだから。初めての友達だから、河瀬が大事なんだ。消えて欲しくない」  河瀬さんは。  河瀬さんは笑った。  キラキラとした眩しい笑顔で。 「秋君、ありがとう。僕も秋君が好きですよ」    僕も秋君が好き。  その台詞に何だかドキドキしてしまう。  何と言うか感動した。  家族以外の誰かに好きだと言ってもらえた事がこんなに嬉しいものか。 「あ、ありがとうございます」  俺は深々と河瀬さんに頭を下げる。 「そんな。僕の方こそありがとう、秋君」  河瀬さんが綺麗に微笑んでいる。  それだけで、俺は幸せなんだ。  俺は河瀬さんの部屋で湯舟に浸かっていた。  河瀬さんが俺の為にお風呂を沸かしてくれていたのだ。 「体、一応、綺麗に拭いたんですけど、お風呂に入って体をほぐした方がいいから」  河瀬さんはそう言った。  河瀬さんに体を拭いてもらったという事実を聞かされて一気に恥ずかしさが込み上げて来た俺だった。  本当に、凄くエロい事したよな……。  吸血の後にした事をまたしても思い出して顔が熱くなる。  そう思って、いけない、と俺は頭を振った。  余計な事は今は考えないに限る。  俺は肩まで湯舟に浸かった。 「ふぅっ」  お湯の温かさが気持ち良くてため息が漏れる。  綺麗に掃除された清潔な風呂場は俺の気持ちを洗い流してくれている様で気持ちが緩んでくる。  河瀬さんが入れてくれたピンク色の入浴剤の入ったお風呂は良い香りがして落ち着けるし。  最高のバスタイム。 「ああっ、極楽極楽」  ついついお気楽な言葉が出てしまう。  そのついでに河瀬さんを思う。  色々、複雑に思う所はあるけれど河瀬さんに笑顔が戻って、安心した。  自分の体の変化には正直ついて行けるか分からない。  でも、俺は河瀬さんに血をあげる事を止めようとは思えない。  だって、俺の血で河瀬さんが元気になってくれるなら凄く嬉しいから。 「ふぅっ」  俺の体は十分に温まった。  そろそろ出よう、と思う。  俺がお風呂から上がったら河瀬さんと一緒に作ったポトフを食べる約束を河瀬さんとしている。  夕飯が随分遅れてしまっているからなのか、河瀬さんに血を吸われて、更にあんな事までしたせいなのか、とてつもなくお腹が空いている。  二人で作ったポトフ。  河瀬さんと食べるのが楽しみで、俺はにやけた。 「秋君」  いきなり河瀬さんの声がして驚いた。  風呂場の曇りガラスの扉に河瀬さんのシルエットが見える。 「は、はいっ! 何ですか?」  俺は勢いを付けて深く湯舟に沈んだ。 「いや、秋君、お風呂ゆっくりだったから心配して。大丈夫?」  正に心配そうな声で河瀬さんが言う。 「だだだっ、大丈夫です」  俺がそう答えると「良かった」と河瀬さん。 「今出ますから」 「あ、急かすみたいでごめんね。ゆっくりしてて大丈夫だから」 「いや、丁度出ようと思ってたんです」 「そう。じゃあ、ポトフ温めて待ってますから」 「はい」  河瀬さんのシルエットが扉から消えると、俺は急いで湯舟から上がった。

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