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第34話 恋をする嫉妬する
初めて恋をした。
相手は男でした。
しかも、吸血鬼でした。
この気持ちは隠さねばならぬ、と思ふ。
何故かと問われたら、怖いから、の一言。
神がおるなら、どうか聞いておくれ。
二人を結ぶ糸が、ぷつりと切れない様に願い給う。
今は七月。
季節はあっという間に夏だ。
都会の夏は思っていた以上に暑苦しい。
息をするのもしんどいくらいだ。
人込みでごった返す街にも出る気がしなく、いまだに街に馴染めていない。
よって自分の部屋、大学、河瀬さんの部屋、少し仕事に慣れて来たシュメッタリンの往復の毎日。
それで平和に過ごせている。
故に大学でぼっちでも全然平気だった。
もう、俺の世界はこれだけで良いのでは無いか? とさえ思えた。
でも、この間、河瀬さんと始めて一緒に出掛けて、まあ、夕飯の買い物に行っただけだが、花屋に寄った。
コンビニにスーパー。
良くって本屋くらいしか行った事の無い俺が都会の街で初めて行った種類の店。
河瀬さんが店の入り口に置いてある朝顔に目を付けたのだ。
まだ花の咲いていない朝顔。
どんな色の花が咲くのかさえ分からない。
それを見つめて河瀬さんが微笑んだ。
「朝顔、好きなんです」と言う河瀬さんに、俺は、「じゃあ、一緒に育てましょうよ」と言っていた。
だから、俺の部屋のベランダには朝顔がある。
河瀬さんと一緒に育てているのだ。
これが、凄く嬉しい。
二人の花なんだと思うと朝顔が愛おしかった。
これが恋の魔法か、と思う。
俺は河瀬さんに恋をしている。
そう自覚してから毎日が騒がしい。
河瀬さんとはほとんど一緒にいるから河瀬さんの言う事、やる事の一つ一つが大事な事の様に思えて。
自分と一緒に河瀬さんがいてくれる事が奇跡みたいに思えて。
河瀬さんの事となると何にでもドキドキして。
見る世界が違って感じる。
河瀬さんに気持ちを伝える事は考えていない。
今はただ、一緒にいる事が嬉しくて。
それ以上は求められないのだ。
いや、求めてはならない。
だって、河瀬さんがこの気持ちに応えてくれるとは到底思えないし。
このまま、平和に。
河瀬さんの隣に入れたらそれで良い……と思っていたのだが……。
俺は今、最高にイラついている。
理由は目の前にあった。
「ねぇ、河瀬さん。今度の土曜日、仲間でバーベキューやるんですけど一緒にどうですぅ?」
はぁっ、とため息。
朝。
俺はいつものごみ出しに出掛けた。
いつもの如く、待ち合わたかの様に河瀬さんと一緒になり、ルンルン気分でゴミ出しに向かった。
ゴミを出し終えて河瀬さんと二人で世間話しなどしていると、あの女が現れた。
同じアパートに住む若い女。
彼女は俺達の姿を見止めると河瀬さんに向かって魅力的な笑みを浮かべて、「お早うございます」と言った。
河瀬さんはさわやかな笑顔で、「お早うございます」と返したもんだ。
彼女は俺達の間に割って入り、それからずっと河瀬さんとお喋りを繰り広げている。
彼女にはまるで俺の存在は無視されていた。
河瀬さんの方はと言うと嫌な素振りを全く見せない。
その事が何だか腹立たしい。
これが嫉妬と言うらしい事を俺は最近読んだ河瀬さん蔵書の恋愛小説で学んだ。
こんな気持ち、知りたくなかった。
二人の仲に入って行けない。
「あの、じゃあ、俺は失礼します」
そう言って颯爽とその場を立ち去る俺。
河瀬さんが俺を呼ぶ声が背中に聞こえるが、振り返れない。
俺は負け犬だ。
遠吠えさえ出来ない負け犬。
無念。
憂鬱な朝を迎えたまま大学へ。
その後の放課後。
今日は平日だけれど午後が空いていたので俺はシュメッタリンのアルバイトを入れていた。
仕事に精を出すうちに朝の出来事は俺の記憶から薄れ始めていた。
だが、世の中は厳しかった。
今、俺はラブラブカップルの接客をしている。
「えーっ。メニュー、どれにしようか迷っちゃうぅ」
ハートマーク。
「じゃあ、俺と別々のメニューにしようぜ。それを分けて食べれば二度おいしいぜぇ」
ハートマーク。
「うーんっ、冴えてるぅ。じゃあ、ワタシが食べさせて、あ、げ、るっ。キャーッ!」
ハートマーク。
「こいつぅ」
ハートマーク。
「あの、それでご注文は?」
ハートマーク……の訳無いだろ。
早く決めろ。
秒で決めろ。
今すぐに。
俺はこっそりと舌打ちをした。
何とかカップルのオーダーを聞きつけると、去り際にまたこっそりと舌打ち。
ちっ!
ちっ!
ちっ!
「マスター、三番さんオーダーです」
カウンターに近付いてそうマスターに言うと、マスターがこっそりと俺に「欲求不満かキッド」と言う。
「よ、余計なお世話ですよ」と返すもその通りだった。
ゴミ出しの女にカップル。
それを相手に嫉妬する何て本当に俺は欲求不満何だと思う。
河瀬さんとはいつも一緒にいて、優しくしてもらっているというのに、こんなに幸せだっていうのに俺と来たら、河瀬さんに近付く女に、幸せそうなカップルに、イライラが止まらない。
嫉妬がノンストップだ。
実は河瀬さんへの気持ちに気が付いて以来も、ずっと吸血行為をしていない。
そう……欲求不満。
もう、体がうずうずするのを我慢するのでいっぱいいっぱいだ。
吸血の媚薬効果の為と言えば聞こえはいいが(?)俺の性欲はもしかしたら凄いのかも知れない。
本当にどうにかしたいけれど、自分ではどうにも出来ない。
でも、河瀬さんに言えない。
あんなにエロい事なのが分かっていて血を吸って欲しい何て非常に言いにくいし。
前から誘いずらい事ではあったけれど、自分の気持ちに気が付いてからは何故だか余計に、血を吸って欲しいと言えなくなってしまった。
河瀬さんにとってはただの食事でも、好きな人にあんなエロい事をさせるのはどうか、とも悩んでしまう。
でも、そこはひとまず置いておいて悩んでなんか本当はいられない、と思う。
最近、河瀬さんは暑さも手伝ってか、とても怠そうだ。
一緒にいる時も居眠りをしてしまうし、その寝ている時も苦しそうだ。
疲れている。
そんな感じだ。
これは……どうにかした方が良いのかな。
でも。
ああっ。
恥ずかしい。
「すみませぇん」
ハートマーク。
「はいっ! た、だ、い、ま! お伺いいたします!」
カップルに心の中で「別れろー、別れろー」と呪いをかけて気持ちを静める俺だった。
人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえ、と言うおまじないが頭を過る。
それで自身に問う。
俺の恋路はどうしたら良いのか、と。
すると、知るか、ボケと天から返って来たものだった。
いや、気のせいか。
「はぁっ……」
ため息が身に染みた。
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