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第41話 この世で最も美しいものを見た
俺の体に河瀬さんの体の重みがずっしりとかかっている。
しかも、両手は磔の様に河瀬さんに押さえられていた。
俺は押し倒されている。
そう理解するまでに数秒かかった。
河瀬さんが今、どんな顔をしているのかは部屋の暗さのせいで分からない。
でも、金色の左目がやけにギラギラとしている様に見えた。
「か、河瀬っ。いきなり何を……」
俺が喋り切る前に河瀬さんが口を開く。
「頑張って我慢したのに……もう、ダメだ」
何かに傷付いている様なその震えた声に、俺は不安を感じて「河瀬っ」と名前を呼ぶ。
河瀬さんの金の目が揺れた。
その後、河瀬さんの顔が目の前まで近付いて。
それで。
それで、柔らかいもので俺の口は塞がれた。
「んっ……んんんっ」
これって。
キス?
河瀬さんの唇と俺の唇が重なって。
河瀬さんに思いっきり唇を吸われて。
呼吸が苦しくて。
ちゅっ。
ちゅっ。
とキスの音が部屋に波紋の様に漏れる。
「んっ。はぁっ……うっ」
いきなり。
こんな、恥ずかしい事。
俺は抗おうと体を河瀬さんから離そうとした。
けど、しっかりと両手を握られて。
体に体重をかけられて。
身動きが取れない。
「やっ……やだっ」
何とか一言、そう言えた。
瞬間、河瀬さんの唇が離れた。
俺は精一杯空気を肺に送り込んだ。
呼吸が落ち着くと俺は吠えた。
「ななっ、何するんだよ!」
訳が分からない。
何で河瀬さんは俺にキス何て。
「やっぱり……」
河瀬さんが小さな声を漏らす。
俺は、「え」と訊き返した。
「やっぱり、秋君は僕の事嫌いなんですね。当然ですよね。こんな化け物」
河瀬さんの声は沈んでいる。
「な、何言って……」
もう本当に何が何だか分からない。
「これで最後にしますから」
そう言って河瀬さんは俺の着ているシャツの前を思いっきり開いた。
シャツのボタンがいくつか、花火みたいに弾けた。
「か、河瀬っ!」
怖い。
相手は河瀬さんで。
俺が世界中で一番安心出来る相手のはずなのに、何だか凄く怖い。
「秋君。僕は秋君が欲しいんです」
ああ。
そんなに俺の血が欲しいならいくらでもあげるのに。
そう伝えようとした瞬間、俺の唇はまた河瀬さんに塞がれた。
「んんっ」
二回目のキス。
シャツの前を開いて、河瀬さんに一方的にされるキスが凄く恥ずかしくて。
切なくて。
「やっ……」
こんなのは嫌だ。
でも、河瀬さんの唇は離れてくれない。
唇を舌でなぞられて、ゾクゾクとしてしまう。
嫌だと思う気持ちとは裏腹にキスが凄く気持ちいい。
どうして、と自分に問いかける。
その答えを得る前に河瀬さんの手が俺の腹をなぞった。
「んっ」
ゾクゾクッと体に電気が走る。
俺は震えた。
「秋君、本当に感じやすいんですね」
そう言われても、何が?
と思う。
河瀬さんの手が俺の体の中心に触れた。
触れられて気が付いた。
そこがとても熱くなっている事に。
「こんなになって。いやらしい」
河瀬さんの目が光る。
そんな事、言わないで欲しい。
そんな事、言われたら。
「今ので、感じたんですか?」
耳元で囁かれて体が、カァっと熱くなる。
「か、河瀬っ。もう止め……」
止めて。
「止めない」
そう言った後に、一番熱い部分を手で擦られる。
「ああっ、ん」
気持ちいい。
凄く。
凄く気持ちいい。
俺は必死に首を振り、体と頭を支配する快感から逃れようとした。
けど、河瀬さんはそれを許してくれない。
俺の熱に触れながら、河瀬さんは再び俺の唇に口づける。
「んっ! んっ!」
堪らない感覚に頭が凍り付く。
これ以上されたら。
頭が真っ白になる。
吸血されてないのに。
どうしてこんな風になるのか不思議だった。
河瀬さんの手が、下着の中に入り込む。
敏感になっている部分に直接触れらて、息も出来ないほどに気持ち良くなってしまう。
ああ。
このまま、俺……。
「秋君、可愛い」
キスの合間に、そう言われて、ドキッと胸が鳴る。
「やっ……もう、助けてっ」
そんな言葉が自然と出た。
河瀬さんは甘い声で「今、助けてあげるから」と言う。
助けて。
もう。
もう。
河瀬さんがキスを止めた。
俺はほっとする。
これで開放されるんだ。
そう思った。
でも。
河瀬さんは思いっ切り俺のパンツを下着ごと下ろした。
今まで隠れていた部分が露になった心細さで寒気が走る。
「やっ。か、わせっ」
あまりの恥ずかしさに俺は解放されている片手で顔を隠した。
そうしていると、カチャカチャと音がした。
何の音だろう、と手を顔から離して見てみると河瀬さんが自分のパンツのベルトを外していた。
「な、何?」
大きな不安。
「こうすれば、もっと気持ちいいから」
そう言って、河瀬さんが自分の熱を俺の熱に擦り合わせた。
「あああっ!」
熱い。
重なり合った部分が凄く熱い。
上下に擦られて俺は体を思いっきり反らした。
「やだっ。変になるからっ!」
そう言っても止めてもらえない。
不安と、恐怖と快感と。
何もかももがごちゃ混ぜになる。
「秋君っ……欲しい」
そう言って、河瀬さんが俺の首に食いついた。
唇で強く吸われた後に、河瀬さんの牙が中に入って来る。
そして、思いっきり、そこを吸われた。
「っつ……うっ!」
俺の体が跳ね上がる。
いつもみたいに河瀬さんの唾液で慣らされていない首筋は突然の吸血の痛みに耐えられなかった。
「いっ……やっ」
痛い。
物凄く。
河瀬さんが俺の血を吸う度に体がビクビクと震えた。
痛みに必死で耐えた。
それは凄く長い時間の様に思えて。
あまりの傷みに涙が溢れた。
でも。
段々と首すじを中心に熱くなって来て。
ドクン。
ドクン。
心臓の音が体の底から響いて。
「あっ、んっ」
熱の籠った声が自分の口から響いて。
「あっ、あっ、あっ」
声が止まらない。
「気持ちいい?」
訊ねられて頷く。
そう。
今、凄く気持ちいい。
こんな快感。
知らない。
こんなの……。
「ふぁっ……」
下の熱を河瀬さんの熱で擦られたまま、血を吸われる。
こんなに長く血を吸われた事は無い。
おかしくなりそうで。
凄く怖いのに。
「もっ、もっとっ……」
もっと擦って。
もっと血を吸って。
そう願ってしまう。
「あっ、あっ、ああっ!」
何かが弾けて、俺は意識を失いかけた。
その瞬間。
暗闇に慣れた俺の目が見たのは。
この世のものとは思えないほどに美しい河瀬さんの姿だった。
その美しい顔は、とても悲し気で。
それで。
それから、俺は深い深い暗闇に落ちた。
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