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ー記憶ー111

 雄介は望からの言葉に押されて、言い返すこともできずにいた。 望が自分の内心を見抜いたように、雄介は言葉を失っていた。 「あ、だから……それは……あの……なんというか……な?」  しかし、どうやら雄介は何か言い訳をしようとしているのか、本当のことを告げようとしているのか、その境界はぼやけているようだった。 彼は視線を逸らし、口ごもっている。  確かに、望が自分たちの関係をすでに把握しているのであれば、率直に恋人関係であることを口にしてもいいのだろう。 しかし、望がその事実を知ってしまうと、混乱を招き、彼の記憶が戻るのにさらなる時間がかかるかもしれないと雄介は考えていた。 だから、彼はなかなかその言葉を口にできなかった。  そんな雄介に対し、望はイタズラっぽい笑みを浮かべて言う。 「俺は別に気にしないんだけど……お前が恋人なのに……」  望の口から、予想外の言葉が出ると、雄介は興奮気味に言葉を発する。 「え? それ、マジか!?」  確かにこの一週間、雄介は記憶を失った望のことで悩んでいた。 だから、望がそのような気持ちを持っているのであれば、彼らの関係が恋人以上のものであるとしてもいいのかもしれない。 しかし、それでもまだ複雑な気持ちがある。  そう、そして今の望は記憶を失っている。  そんな望に手を出してもいいのであろうか。 それが雄介の悩みの中心だ。 「じゃあ、証拠を見せてやろうか?」  そう言って望は雄介の腕を引き寄せ、彼自身が雄介の唇にキスをする。  これまで望からキスをされたことはほとんどなかった雄介。  望がいつもの望とは異なる感じがするのは、気のせいなのだろうか。  望からキスを受けるのは嬉しいはずなのだが、しかし、望の記憶喪失が心配で、雄介の気持ちがうまく乗ってこない。  記憶を失った望には素直になれないでいる雄介。  だから、彼は気を紛らわせるために言う。 「もう、下に行かないか? 和也が待ってるし……」  雄介は望との関係が複雑である以上、彼との行為は控えるべきだと考えていたようだ。 しかし、率直に言って、雄介はどんな望でも愛している。  ただし、彼の記憶がない望に手を出すことはできない。 それが彼の葛藤である。 「何だよ……お前って、恋人に対して冷たいんじゃないか? せっかくお前が恋人だっていうから誘ってるのにさ……」

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