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ー雪山ー72

 雄介は望の体をベッドの上に寝かせた。  ふっとその時、雄介の頭にある記憶が蘇った。  そうだ。以前、望が記憶を失った時に似たようなことがあったのを思い出したのだ。  その時の望は、自分が雄介の恋人だという証拠を示そうとして雄介に迫ったが、その時の雄介は望を見捨ててレスキュー隊の訓練に行ってしまったのだ。  あの時の自分は、確かに訓練だとは言ったが、半分は望を見捨ててしまった。  だが、あの時の教訓を雄介は忘れていない。  そうだ。どんな望であろうと、雄介はもう望を見捨てないと決めたのだから、もう、そんなことはしない。たとえ熱のせいで意識が朦朧としている望であっても、今は見守るしかないのだ。  人間は病気になると不安になるものだ。だが望の場合、その不安が病気になると人一倍になるのかもしれない。  雄介は望を優しく包み込むように抱き締めた。  絶対に前のようなことは繰り返さない。そう前の時に誓ったはずだ。しかも、もう望から逃げないと決めたのだから、頼る人はいないのだ。  前の時には和也がフリーだったから和也に頼れたが、今の和也には裕実という恋人がいる。もう和也には迷惑を掛けられないだろう。  それに、これは自分たちだけの問題なのだから、和也に頼る必要はない。 「なぁ、望、熱が引いてからにしよう。じゃないとまた熱が上がってしまうで……」  雄介はそう優しく言いながら、望の前髪を掻き上げ、ついでに望の体温を測ってみた。 「ほら、まだ熱があるんやろ? そんな顔してるってことは、俺の今の手が冷たく感じてるみたいやし、そういうことなら、まだ熱があるんやろうしな。それに無理して体を動かして、お前が死んでしまったら、俺の方が嫌だしな。その気持ち、分かってな」  雄介がふっと望の顔を見ると、望の瞳からは涙が溢れ、雄介の顔を見上げている姿が視界に入ってきた。 「ん? 何? どうしたん? 今の俺の言葉が嬉しかったんか? それとも、どこか痛いところでもあるんか?」  雄介は望の性格をよく知っている。そうだ、望は自分の弱い心を見せたくない性格だ。だから雄介は望を抱き締めると、彼を自分の胸の中に埋めさせた。

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