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ー雪山ー97

「そこに鏡が置いてあるやろ? それ見て、何か昨日のこと思い出されへんか?」  雄介にそう言われた方向に視線を移すと、確かに姿見の鏡がベッドの下の方に置いてある。  だが、それを見てもやっぱり首を傾げたままの望。どうやら昨日のことは覚えていないようだ。 「んー、やっぱり、昨日のこと覚えてないんだよな?」 「んー、まぁ、とりあえずええわぁ。望は医者やねんやろ? 調子悪かったら、仕事休むとかは自分で決めや。それと、夜一人で寂しそうやって思うんやったら和也たち呼んでもええしな。今日は明日の朝まで帰れんし、まだ、望のこと心配やしな」  雄介は着替え終わると望に言うだけ言って、急いで下の階へと行ってしまう。  望はそこで息を吐く。  どうやら、そこで昨日のことを考えているらしい。本当に望は昨日の夜の記憶が全くない。だからなのか、何かを必死に思い出そうと腕を組んで視線を上の方へ向けている。  すると、望はまだ上半身が裸だ。急に寒くなったのか、くしゃみをする望。 「そうだったー! まだ服着てなかったんだっけな」  望は服を着ると、昨日の夜のことはひとまず置いておいて、とりあえず今日のことが優先なのかもしれないと思ったのか、自分の体に相談しているようだ。  だが意外にも相談するほどのことではなかったらしい。 「大丈夫だろ? それに、そんなことで仕事休んでる場合じゃないんだからさ」  望はそう独り言を言うと、下の方へと向かう。  望が下に来たことに気付いた雄介。 「望……体の方は大丈夫なんか?」  雄介はキッチンで朝ごはんの支度をしていたが、望の気配に気付いたのであろう。望の方に視線を向けると、望に声を掛ける。 「ん? あ、ああ……大丈夫そうだって思ったからな。それにあんま大したことないのに、仕事休む訳にはいかないだろ? お前だって、そうなんじゃねぇのか?」 「そりゃな。まぁ、確かにそうやねんけど。ま、とりあえず、無理はすんなや……アカンって思ったらすぐに帰ってくるんやからな」 「あ、ああ、分かってる。お前に言われなくたって、自分の体は自分で分かるしな」 「まぁな」  雄介の方は少し心配しながらも、いつもの望に戻ったことに安堵したのか、料理をテーブルへと並べていく。  雄介は望の前に腰を下ろす。そして望の方にスッと手を伸ばし触れようとしたのだが、望に、 「早く食べろ」  と跳ね除けられてしまう。

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