912 / 950

ー波乱ー118

 そして次の日。  望は忘れていたのかもしれないが、今日は家に帰る前に雄介が望の診察を受ける日だったようだ。  雄介は重い足取りながらも、望が働いている春坂病院へと向かう。今ではもう歩くことは苦ではないくらいに回復している。  とりあえず雄介は診察券を出し、名前が呼ばれるまでロビーで待っていた。予約診察に来ても、前の患者が時間がかかると時間通りにはならないのが病院だ。  雄介が診察室前で雑誌を読んでいると、いきなり声を掛けられる。 「桜井さんですよね?」  雄介はいきなり声を掛けられて驚いたが、名前を呼ばれたら反応してしまうのは当然だ。声の方向へ視線を向けると、少し大人しそうで文学が好きそうな女性が立っていた。 「私のこと、見覚えありますか?」 「あ、ああ! あるある! かなり前の現場にいた子やんな?」 「え、ええ……あの時の事故で助けていただいて、本当にありがとうございました」  そう丁寧に頭を下げる女性に、雄介は立ち上がって答える。 「何言ってるん? 俺たちの方はあくまで仕事しただけやしな……お礼なんか……」 「桜井さんこそ何を言ってるんですか!? あの時、母を助けてくださらなかったら、私は毎日のように悲しみに暮れていたはずです。でも今では母親も元気になって……」  その女性は雄介の手を両手でしっかりと握り、更に深々と頭を下げて言葉を続ける。 「私……今まで恋なんてしたことがなかったのですが……」  話を続けようとしているこの女性は、このままだとこの場で告白でもしてきそうな勢いだ。  雄介は焦っていたが、相手は女性なので振り切ることもできず、そのまま女性の言葉を聞いてしまっていた。 「桜井さん……私は恋する乙女の一人になってしまいました。付き合って……」  その女性が最後まで言い切らないうちに、和也がグッドタイミングで雄介のことを呼び出す。 「スマンな……俺、今日は診察で来てたし、今、呼ばれてもうたし、行くわな……」  雄介は慌ててその女性の手を離し、診察室の方へと入って行く。 「和也……とりあえず助かったわぁ……ん?」  雄介はとりあえずそう言い視線を上げると、まだ怒っている望の顔が見える。 「望……?」  望はそこで一回咳払いをすると、 「ベッドの上に上がって……」  いつものように業務的な口調で言う望。 「あ、ああ……せやったな……今は望は先生やったんやっけ?」

ともだちにシェアしよう!