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ー崩落ー76
また、ここで望の手を離してしまうと、望がまたどこかに行ってしまうのではないかと雄介は思っているのではないだろうか。
「ん? そろそろ腹減ったし、上に行こうかと思ってよ」
「あ、え? あ、せやな……」
そう頷く雄介だが、まだ上に行くことを躊躇っているようだ。
「なんだよー、行かねぇのか?」
「んー……」
「はっきりしねぇ奴だな……何が言いたいのか言ってみろよ」
望はそう言って雄介に促すが、雄介はまだ何かを躊躇っているようにも見える。
「なら、上に行くからな!」
望はそう言い上へと向かおうとしたが、その手に温もりを感じ、後ろを振り向くと、そこには雄介の温もりがあった。
「な、今日……久々にええねんやろ? 俺は今までお前の機嫌ばかり伺っておったけど……さっき、望にはそう言われておったし、ここ地下室やしな」
雄介はこれを言えばさすがの望でも気付くだろうと思ったのかもしれない。
「あのな……俺、病み上がりだし、しかも前にここでは嫌だって言ったよな?」
確かに雄介の意図は望に伝わっていた。しかし、望は珍しく雄介からの誘いを断っている。
一方、雄介はさっき和也に言われたことを思い出したのか、今の望がそれを試しているのかもしれないと考えたのかもしれない。
「それなら、飯食い終わってからでもええしな。そこは、もう……望の言う通り俺たちの部屋でもええから……」
と自分の意見を通してみる。
「あ、うん……? あ、まぁ……なんていうのかな? そのさ、悪いんだけど……まだ、俺が本気でそういう気じゃないっていうのかな?」
「分かった……。ホンマに今日の望がそういう気がないんやったら、今日は辞めておくな」
雄介はそう言って望の手を離す。
「ごめん……確かにさっきはあんなこと言ったけどさ、マジで今日は俺がそういう気分になってないんだよな。とりあえず、今日の俺の気分っていうのは、お前とゆっくりとしたいだけだしな」
「それが、今の望の本音やな?」
その言葉に、望は頷く。
「ほなら、今日は無理強いはせぇへんよ……。ほな、飯作るなー」
雄介は急に笑顔になると、一階の方へと足を向け、再び望の手を取る。
リビングに入ると、雄介は椅子に掛けてあった自分愛用の腰エプロンを付けて料理を始める。
一方、望は椅子に座り、料理をする雄介の姿を眺めていた。
キッチンで動き回る雄介の姿は、まるでバレリーナのようだ。
これにクラシックでもかけたら、まったくその通りだろうと想像したのか、望はクスクスと笑い始めている。
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