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ー過去ー3
「ちょ、ちょ、ちょ……待てよ、実琴……」
和也の頭の中は今、パニック状態らしく、話している相手の名前は出てきたものの、なぜいきなり和也の前にその人物が現れたのかが分かっていないようだ。いや、確かに実琴は和也に説明していたのだが、パニック状態だった和也には話がほとんど耳に入っていなかったのかもしれない。
実琴という人物は、昔、和也が専門学校時代に付き合っていた相手で、専門学校を卒業した後はそれぞれ別の病院に就職し、お互いに忙しくなったことで連絡さえも途絶えてしまった相手だ。和也にとっては、自然消滅してしまった昔の恋人だった。
そんな人物が再び和也の前に現れ、今見ている光景が夢なのか現実なのかも分からなくなっているようだ。
「ま、とりあえずさぁ、和也……院長室の方、教えてくれないかな? 時間なくなっちまうしさ……初日っから遅刻なんてありえないだろ?」
「あ、あー……そうだったな……」
一応、和也は一瞬平静を取り戻したかのように見えるが、心の中では未だにパニック状態だろう。
和也は実琴の前を歩き、院長室へと向かう。
実琴を院長室まで案内すると、和也はすぐに望と自分の部屋に戻ってくる。
さっきと同じように部屋のドアを音を立てて開け放つと、望がすかさず、
「和也ー、お前なぁ、さっきも言ったけど、マジでその開け方やめろって……腰に響くんだからさぁ」
と和也に視線を向けるが、今度は和也の顔から血の気が引いている。
どんな時でも明るい和也が顔色を変えて部屋に入ってくるなんてことは、今までなかったはずだ。いつも明るくて笑顔な和也だが、今は完全に様子が違う。
「何があったんだ? お化けでも見たのか?」
いつもの仕返しとばかりに、望が茶化すように言うが、その言葉さえも耳に入っていない様子だ。どうやら、乱れた呼吸を整えているから聞こえなかったのかもしれないが、ひとまず呼吸を整えると、望を見上げ、
「……ってか、まだ、お化けの方が可愛いくらいだよ。生きてる人間の方が怖いくらいだしな」
今の和也の言葉の意味が分からないのか、望は首を傾げて和也を見つめる。
「なあ、望……もし、昔付き合っていた恋人が自然消滅したまま自分の前に現れたらどうする? しかも、相手はまだ自分のことが好きで、追いかけるようにこの病院で一緒に働くようになったらどうする?」
和也の纏まりのない話し方に、望は頭の中がハテナマークでいっぱいになっているのかもしれない。
一体、和也に何があって、急にそんなことを言い出したのだろうか。本当に分からない状況だった。
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