1275 / 1476

ー過去ー9

「スイマセン……ありがとうございます」  その人物は実琴が手を差し伸べると、その手を取って立ち上がる。  その人物が立つと、二人は視線が合ってしまったのか、しばらく見つめ合っていた。 「名前の方、知らなくて申し訳ないのですが、君はここに用事があったのでしょうか?」 「スイマセン……。 とりあえず、ありがとうございます」  その人物は実琴に向かって頭を下げ、 「あ、まぁ……とりあえず用事があるというか……まぁ、そのようなものですよ。 もしかして、この部屋から出てきたってことは新しい方ですよね? 僕の方もここで働いている本宮裕実です」 「あ、スイマセン……。 いきなり過ぎて自己紹介するの忘れてましたが……」  そこで実琴は一瞬視線を上に向け、 「本宮さんでいいんですよね? 偶然なんですが、僕の方も本宮っていうんですよ。 本宮実琴です。 よろしくお願いしますね」 「え? 本宮!? え? えー? 本当にですか!?」 「そうですよー。 名前、偽ってどうするんですか?」 「ですよねー。 同じ苗字同士、これからよろしくお願いしますね」 「……ですね」  二人は笑顔で挨拶を済ませると、実琴は部屋を出て行き、裕実は今度部屋の中へと入って行った。 「和也ー、今日は遅いじゃないですかー。 和也がいつまでも来ないので僕がここまで来たんですよ」  裕実は少し怒りながら和也を見上げたが、どうやら和也には聞こえていないようだ。 挙句、望と和也には近づくなオーラまで出ているので、裕実は仕方なくソファに座って大人しく待つことにしたらしい。 「だからさぁ、望の方は本当に俺のこと分かってねーって言ってんの!」 「あー! 分かってねぇよ! ってか、分かるわけねぇだろ! お前なんか特に自分のことを言わないんだから分かるわけがねーだろうが!」  その望の言葉に和也は胸がドキリとしてしまったようだ。急に動揺し、今までの勢いを失っている。 「とりあえず、前にも言ったはずだ。 お前は一見、言いたいことは言ってるんだけどさ、自分のことは棚上げっていうのかな? つーか、お前も俺と一緒で心の中に色々と溜め過ぎなんだからな! それに、何でもかんでも一人で解決しようとしてるしな! だから、俺がお前のこと分からなくても不思議じゃねぇだろうが……。 俺はお前のように人の心の中をこじ開けることなんかできねぇんだからな。 友達だって思っているからこそ、無理矢理こじ開けないって言った方がいいか? それに、俺はお前のように器用じゃねぇ。 口に出した言葉をそのままの意味で捉えることしかできねぇんだよ。 だから、さっき人が真剣に言っていることをお前が茶化したからムカついただけだからな」

ともだちにシェアしよう!