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ー過去ー54
「お前さぁ、それを今引っ張り出してくるのか!? さっきも言っただろ? 朝は忙しいんだからさ、そんな暇はないんだって……言ったじゃねぇか」
「せやけど、キスなんか五分もしないうちに終わる事やんか。な、望……俺の仕事体制分かってねんやろ? 約二十四時間帰って来れへんのやぞ! 二十四時間も望に会えへんっていうのにキスだけで、あーだこーだ言われたくないんやけどな。せやから、一緒に起きた時くらい、貴重な時間くらい甘えたってええやんか。流石に仕事の日は朝からしたいまでは言うた事はなかったやんか……」
「そもそも、仕事があるって朝にしたいなんて思う奴の方がおかしいからな」
その望の言葉に、雄介はため息を漏らす。
「ああー! もう、ええって! 話しておっても埒あかんわぁ。もうええって! 望には何も求めへんかんなっ!」
雄介はそう言うと、箸を大きな音を立ててテーブルの上に置き、食器と箸を流しの方へと持って行った。
そんな雄介の態度に、望は目を丸くする。
ここまでは幸せいっぱいに過ごしてきた二人だったのだが、久しぶりに喧嘩らしい喧嘩をしてしまったのかもしれない。
やはり喧嘩というのは、些細なことから始まってしまうものであろう。
望はひと息吐き、少し残してしまった朝食を雄介同様に流しへと運んでいく。
今まで病気じゃない限りは雄介が作る料理を全部食べてきた望だったが、今の言い合いで食べる気を無くしてしまったのであろう。
望がふと気づくと、既に雄介の姿はなく、雄介にしては珍しく望には何も言わずに仕事に行ってしまったらしい。
そんな雄介の行動に、望は再び息を吐く。
そして、望も身支度を整え、家を出て車で病院へと向かうのだった。
望が病院にある自分の部屋へと入ると、まだ裕実の姿はなく、望は一人椅子に座る。
朝の雄介との喧嘩は、本当に気持ちまで暗くさせたのかもしれない。
望は机に肘をつき、窓の外を見上げる。今日の天気は望の心のようにどんよりとしており、雨粒も落ちてきていた。
しばらく、ぼんやりと窓の外を眺めていると、ドアをノックする音が聞こえ、その直後にはゆっくりとドアが開かれた。
きっと裕実が来たのだろう。
もしこれが和也なら、ノックなどせずに朝からうるさいくらいの声だけで入ってくるのだから。
裕実は少し遠慮がちに望がいる場所へと向かい、
「おはようございます」
と、相変わらず丁寧な言葉が部屋内に響くのだった。
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