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ー過去ー98

 先程とは違い、笑顔を見せた裕実は望に付いて診察室へと向かった。  その後、仕事を終えると、今日は和也が裕実と望の部屋に顔を出すことはなかった。  裕実の携帯には和也からメールが来ており、そこには「先に駐車場の方で待ってる」とだけ書かれていたようだ。  裕実は掃除を終えると着替え、 「では、望さん……先に帰らせて頂きますね」 「ああ、お疲れさん……」  望は裕実に笑顔で答え、机の上にある書類を片付け始める。  今日は望自身も早く帰りたい日だったため、さっさと書類や仕事を片付けてしまった。 「よし! 終わり! と……」  望は早速着替え、鞄を手に部屋を出た。  今日、家に帰れば雄介が待っている。  だからなのか、いつもとは違い望の足取りは軽やかで、今にもスキップしそうな勢いで駐車場へ向かっていった。  車のエンジンを掛け、家へ帰ろうとする望。しかし、こういう時に限って渋滞に引っかかってしまうものだ。  早く帰りたい気持ちとは裏腹に、現実はままならない。本当に望にとって雄介が家にいる時間は貴重だというのに、車は全く動く気配がない。  望は運転しながらため息を漏らした。  こんな時、空を飛べたら、と何度考えただろう。もし空を飛べたら、渋滞なんて気にせず、車よりも早く家に着けるだろう。そうすれば、今頃は雄介とテーブルを囲んでいるはずだ。  だが、いくら考えたところで人間は空を飛ぶことなどできない。  仕方なく、望は車が動き出すのを一人待つ。  やっと車が動いたかと思えば、たった数センチ進んだだけだった。  望は渋滞を利用して携帯を取り出し、雄介にメールを送る。 『車が渋滞してるからさ、今日はちょっと遅くなる』  それだけを送り、望は車のシートに体を預けた。  どう考えても、しばらく車が動く気配はない。それならばゆっくりと待つしかないだろう。  しばらくして、車内に望の携帯が鳴り響く。望が画面を確認すると、メールの送り主は雄介だった。 『渋滞に引っかかってしまったんかいなぁ。まぁ、それはしゃーないやんなぁ。ほな、待ってるな……』

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