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ー過去ー109
「どないな風に?」
「ただ何となくなだけだ……」
「せやけど、今だって、人の命を考えて仕事してるんやで……似たようなもんやんか」
「それでも何か違う気がすんだよな」
「な、望……俺が転職を考えてる理由が、もう一つだけあるんやって」
雄介は一息ついてから、少し重い口調で続けた。
「あんな、消防士とかレスキュー隊員って、基本的には体力勝負みたいなもんやんかぁ。今はまだ三十歳手前でええねんけどな……これからは体力的に大変になってくるやろ?」
「言うとくけど、医者の方も同じなんだからな。体力も知力も必要な仕事だ。時間がかかる手術なんか、水も食べ物も取ってる暇なんかねぇんだから」
「それやったら同じやんか……。俺やって現場に出たら、食いもんや水分なんてとってる暇なんかあらへんのやぞ」
「じゃあ、後は知力の問題だな」
望は腕を組みながら少し間を置いてから言った。
「俺から言えるのはここまでだ。後はお前の自由にしろ……」
「……って事は、相談には乗ってくれへんって事なんか?」
「いいや、そうじゃねぇよ」
望は雄介の疑念を否定し、少し優しい目を向ける。
「雄介がそれで転職を決めるなら、お前の自由だって言ってんだ。もし医者や看護師になるっていうなら、そこからまた協力してやる」
「そういう事なんかかいな。ほんなら、暫く考えさせてくれや。後の事は自分で決めるしな」
「確かに、それが正しいのかもしれねぇよな」
望はそう言うと浴槽の背もたれへと体を預けた。
望の思いは複雑だった。雄介と働きたい気持ちはある。だが、医者という仕事を熟知している望にとって、雄介が医者を目指すのは簡単ではないと分かっている。そこに不安を抱いているのだ。
「やっぱ、ダメなんか?」
「だから、もうダメとは言わねぇよ。さっきも言っただろ? そこは自由にしていいって。ただし、医者や看護師になるんだったら、それなりの覚悟を決めてやれって言ってるだけなんだ」
「覚悟の方は全然できてんねんけどなぁ」
「なら、俺はこれ以上言わねぇ。けど、お前は本当に決断力がねぇよなぁ」
「決断力って……望の方が『もう少し考えてから決めろ』って言うてたやんか」
「だけど、お前には決断力がない!」
望は座り直し、真剣な目で雄介を見据えた。
「そうだ。前から俺が気になっていたのはそれだったんだよ! 医者には決断力が必要なんだ。手術中でも診察中でも、緊急患者が運ばれてきた時でも、すべての判断を一人でしなきゃならねぇ。今の雄介の仕事では、上からの命令に従って動くことが多いかもしれねぇけど、医者になったら全部自分の判断だ。それができるのか?」
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