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ー過去ー132
「今、なんか言うたか?」
「言った……」
望は雄介に文句を言おうとしたが、すぐにあることに気づいた。シャワーの水音だ。
「……そういう事な。これで、俺が言った大事な言葉が掻き消されちまったのかよ」
そう呟くと、望はふと真剣な眼差しで雄介を見上げる。
「俺も……本当に雄介のことが好きだぜ」
その言葉に、雄介は優しく微笑みながら望をもう一度抱きしめた。
「ホンマ……俺も今は幸せや。望……俺の我がままで恋人になってくれてありがとうな」
雄介の「ありがとう」に、望は小さく頷いた。
誰もが「ありがとう」という感謝の言葉には温かさを感じる。それは、どんなに強い感情でも超えられない、最高の言葉なのだ。
突然、雄介が大きな声を上げた。
「あ!」
その声は風呂場の中で反響し、望を驚かせる。
「何だよ……急に……」
「あ、いや……何でもあらへんわぁ。ただな、またお風呂場でこないな事しておったら、また逆上せてまうかなぁ? って思うてな」
「つーか、お前ってムード壊すの好きだよな」
呆れたように言いながら、望は体についた泡を流すと、怒った表情で風呂場を出ていった。
「あ、あれ? ……ちょ、望!?」
雄介が慌てて呼び止めたが、返事はない。
少し前までは、こんな会話が始まると望はすぐに怒り、それをなだめるために話題を逸らす必要があった。だが、今の望は以前とは違うようだ。
今の望は、普通のカップルと同じ感覚を持っているのだろう。雄介の発言に対し、「空気が読めない奴だ」と思ったのかもしれない。
「ホンマ、望の性格っていうのは難しいわぁ。今回はどないしたら機嫌直ってくれるんやろか?」
雄介は一人でそう呟きながら、体の泡を洗い流し風呂場を後にする。
そして、望が行ってしまったであろう自分たちの部屋へ向かった。
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