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ー天使ー90

「お前は俺たちの貴重な時間をダメにしちまうのかよ」  その望の言葉に、一同は目を丸くする。一瞬で救急車内が静まり返った。まさか望がこんな言葉をみんなの前で口にするとは思っていなかったのだ。 「おい……望! 本当に大丈夫か?」 「大丈夫に決まってんだろ?」 「頭打っておかしくなっちまったのかなぁ? って思ってよ」 「至って正常だろうがぁ。記憶喪失になったわけでもないんだからよ。今回に限っては裕実も和也も雄介も分かってるんだからさ」 「ああ、まぁ、そうだよな……?」  和也は納得したような顔をしつつも、不思議そうに望を見つめた。  救急車はそのまま春坂病院へと向かい、到着する。ドアが開くと、望は一人で立ち上がり、誰の手も借りず病院内へと歩き出した。  そんな望の後ろを、和也、裕実、雄介の三人がついて行く。  まだ受付や待合室には多くの患者がいる時間帯だったが、望はロビーを抜け、診察室も通り過ぎていく。 「望、どこに行くつもりなんだ? 診察室は過ぎちまったけど……」 「親父んとこ。親父はあんまり診察とかやらねぇけど、全部の科のこと分かってるからな。だから、診てもらうんなら一番手っ取り早いと思ったんだよ」 「そういうことか……」  和也は一人納得したように頷いたが、隣を歩く裕実と雄介を交互に見つめる。その表情には疑念が浮かんでいた。 「和也が言いたいこと、分かりますよ」裕実が静かに口を開く。「望さんにしては、今日の望さんはやけに素直なんですよね?」 「ああ、そういうことだ。確かに最近は素直になってきたとこはあったけど、それ以上に素直なんだよな……今の望ってさ。やっぱ、頭打ったことで素直になっちまったのかなぁ?」 「それしか考えられませんもんね」  二人の会話を聞きながら、雄介も心の中で同じ疑問を抱いていた。  望は「親父のところ」と言って院長室を目指しているようだが、このまま後をついて行くのはいいのだろうか。 「つーか、俺たちどうする? 院長室って、簡単に入っていい場所なのか?」 「ですよね? 僕たちは院長室の外で待ってましょうか?」 「だな」  三人は足を止め、望を院長室に送り届けると、その外で待つことにした。

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