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ー平和ー1
部屋の中には、パソコンのキーボードを叩く音だけが響いていた。
それも一台だけではない。
この家の住人である望と雄介の二人が、それぞれのパソコンに向かい、カタカタとキーボードを叩いている音だ。
雄介が大学に入学してから、もう三年になる。
この時期になると、雄介はレポートや講義で忙しく、望もまた自分の父親に頼まれて診療所を開くため、毎日のようにパソコンに向かい勉強している。
昔は二人でデートをしたり、話をしたり、時には喧嘩をしたりしていた。その日々が今では懐かしく思えるほど、二人には自由な時間がほとんど無い。
同じ屋根の下にいるのに、会話さえほとんどない。
時折、雄介が考え込んで頭を掻く音だけが響き、二人はそれぞれの作業に集中している。
こんなにも近くにいるのに、今は抱き合うどころかキスさえしていないのだろう――そんな状態だった。
ふと、雄介はキリのいいところでキーボードから手を離す。時計を見ると、時刻は夜中の二時を指していた。
「もう、こんな時間やったんかいな……」
ため息混じりにそう漏らし、机から立ち上がる。望に気を遣ったのか、そっと着替えを取り、お風呂場へと向かった。
雄介はとりあえず作業を終えたようだが、望はまだパソコンに目を通している。
お風呂から上がった雄介が戻ってきても、望は変わらずパソコンに向かっていた。
雄介は小さくため息を漏らし、一人寂しくベッドへ潜り込む。
今はそんな毎日が続いていた。
たとえ同じ時間に家を出て、同じ時間に帰ってきても、二人の間に会話はほとんどない。
これでは、雄介が消防士だった頃とまったく変わらないかもしれない。
いや、むしろその頃の方が余裕があった分、二人の間には会話があったように思える。
今の二人にはそれすら無い。
ある意味、新婚を過ぎた頃の夫婦のような状態だろうか。
同じ屋根の下で暮らしていても、新婚の頃のようにラブラブではなく、ただ「居て当たり前」の存在となり、会話がない。
いや、それとも違うのだろうか。
お互いのことを思いやり、邪魔をしないよう気を遣っているからこそ、会話が減っているのかもしれない。
再び、この二人の間に自然な会話が生まれるのは、いったいいつになるのだろうか。
それはまだ、見当もつかない――。
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