1738 / 2073

ー平和ー5

「痛ってー!」  望は軽く叩いたつもりだったが、和也は大袈裟に痛がる素振りを見せる。  頭をさすりながら、和也は少し笑みを浮かべて言った。 「ま、望がそういう反応を見せるってことは、図星ってことだよな?」  和也は体勢を立て直し、今度は腕を組みながら軽く首を傾ける。 「んー、俺は今んとこ欲求不満じゃねぇけどなぁ。裕実と一緒に住んでるし、今が人生で一番幸せーって感じだしよ」  和也が幸せそうな表情を浮かべていると、タイミング良く仕事を終えた裕実が部屋に入ってきた。 「……和也? 今、『欲求不満』って言いませんでした?」  裕実は途中から二人の会話を聞いていたのだろう。「欲求不満」という単語だけが耳に引っかかったようで、その部分を強調して言いながら、和也のいるソファに近づいてくる。 「お! 裕実、仕事終わったのか?」 「『終わったのか?』じゃありませんよ。まったく……どこが欲求不満なんですか? 一緒に住むようになってから毎日、僕のことを抱いているのに、『欲求不満』だなんて……どうせ僕なんかじゃ足りないんでしょうね」  裕実は少し拗ねたように言うと、和也は焦った様子で手を振り、否定する。 「お前、何を勘違いしてんだ? ただの聞き間違いだろ? 俺が欲求不満なわけねぇだろ! こんな可愛い奴がずっと傍にいるのによー」  和也はそう言いながら裕実の体をギュッと抱き締めると、望に見えない角度で裕実の唇に軽くキスをした。  突然の行動に裕実は一瞬で顔を赤らめ、慌てて声を上げる。 「ちょ、ちょっと! 和也、やめてくださいよ! 望さんがいるじゃないですか!」  望は仕事に集中しているはずだったが、背後から二人のやり取りが丸聞こえだ。 先ほどからキーボードを叩く音が強くなり、微かに苛立ちが感じられる。  それに気づいた和也は、裕実の耳元に口を寄せて小声で囁く。 「……ってわけなんだよ。だから、今の望は不機嫌全開なんだ」  裕実は一瞬納得したように頷く。 「そうだったんですか……」  だが、すぐにハッと気づいて声を上げる。 「それじゃあ! 余計にダメじゃないですか! 僕たちがこんなところでイチャついてたら、望さんの機嫌が悪くなるのは当たり前じゃないですか!」  裕実の正論に和也は一瞬言葉を詰まらせ、苦笑いを浮かべる。

ともだちにシェアしよう!