「痛ってー！」 　望は軽く叩いたつもりだったのだが、和也は大袈裟に痛がる素振りを見せる。 　頭をさすりながら、和也はニヤリと笑う。 「ま、望がそういう反応を見せるってことは事実ってことだよな?」 　そう言って体勢を立て直すと、今度は腕を組みながら、 「んー、俺は今んとこ欲求不満じゃねぇけどなぁ。今は裕実と一緒に住んでるしー、マジ、今、一番幸せーって感じだしよ」 　和也が幸せそうな顔をしていると、仕事を終えた裕実が部屋に入って来る。 「……和也？　今、『欲求不満』がどうのこうのって言ってませんでした?」 　裕実は途中から途切れ途切れに二人の会話を聞いていたのであろう。ただ『欲求不満』という言葉だけが耳に残ってしまったらしい。その一部分だけを強調しながら、裕実は和也が座るソファに近付いて来るのだ。 「お！　裕実も終わったのか?」 「終わったのか？　じゃありませんよー。まったく、どこが欲求不満なんですか?　一緒に住んでから毎日、毎日、僕のことを抱いているのに、『欲求不満』だなんて、和也にしてみたら、どうせ僕なんかじゃ足りませんよねぇ」 「お前は何を勘違いしてんだ？　あ、ただの聞き間違いだろ？　俺が『欲求不満』な訳がねぇだろがぁ。こんな可愛い奴がずっと傍に居るのによー」 　そう言いながら、和也は裕実の体をギュッと抱き締め、望から見えない死角で裕実の唇へとキスをする。 　まだ人前でのキスに慣れていない裕実は一瞬で頬を紅潮させる。 「ちょ、ちょーと！　か、和也！　止めて下さいよー！　望さんが居るじゃないですかー！」 　後ろで仕事をしている望は、仕事が終わったばかりの二人がイチャついていることに相当イライラしているらしく、キーボードを叩く音が先程から強くなってきているようだ。 　それに気付いた和也は、裕実の耳元へと口を寄せ、望に聞こえないように話し始める。 「……って、ことなんだよ。だから、今の望は不機嫌全開って訳……」 「そうだったんですかー」 　一瞬納得した裕実だったが、すぐに気付いて声を上げる。 「それじゃあ！　余計にダメじゃないですか！　僕達がこんなとこでイチャついてしまったら、望さんの機嫌が悪くなるのは当たり前じゃないですかー！」