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ー希望ー73
「せやけどなぁ……裕実の方が明らかに早く処置した方がええと思うねんけどな」
「そんなこと悩んでる暇があったら、早く患者さんを運んで行ってください! お願いします! 僕の方は大丈夫ですから!」
裕実は雄介に向かって懇願するような瞳で見つめた。
雄介はそんな裕実を見つめ返し、しばらくの間考え込んだ後、大きく溜め息をついた。
「裕実がそない言うんやったら、しゃーないか……。ほな、先に患者さんを病院まで運んで、応援呼んでくるわ」
そう言うと、雄介は一瞬だけ険しい表情を浮かべた。
「けどな、裕実。絶対にここで何もせんと大人しく待っとるんやで。意識飛ばさんように気をつけろよ。お前がもしここで死んでしまったら、俺、和也に顔向けできん。それに、和也を悲しませることになってもうたら……」
「分かってますよ」
裕実は雄介に笑顔を向けた。その笑顔は、どこか心配させないようにするための無理な作り笑いにも見えたが、それでも雄介の心に一瞬の安堵を与えた。
「レスキュー時代に鍛えた体で、なるべく早く行ってくるからな」
「はい、お願いします。雄介さんがいると本当に頼もしいです。体力的にも能力的にも……僕たちにとって大きな存在です」
雄介は言葉少なに頷くと、患者を背負い、下山を開始した。
ただし、今彼が進む道は山道ではない。人工的に整備された道ではなく、急な斜面やゴツゴツとした岩が多い危険なルートだ。
いくらレスキュー時代に鍛えられた雄介とはいえ、患者を背負った状態でその道を下るのは容易ではない。
何度も滑りそうになりながらも、彼は体勢を立て直し、足を踏ん張りつつ、一歩一歩確実に進んでいく。
やがてどうにか山を下り切ることができたものの、そこは雄介にとって馴染みのない場所だった。周囲を見渡しながら、彼は眉をひそめる。
「アカン……山を下りたのはええけど、春坂病院がどこにあるんか分からへん……」
彼は小さく独り言を漏らし、考え込む。
「せや! タクシー呼べばええんやな!」
そう思いついた瞬間、彼の表情が明るくなった。しかし、その喜びはすぐにしぼむ。
「アカンやん……俺、金持ってへんで……」
一瞬のひらめきに湧いた希望も、財布の中身を思い出した途端に消え去った。雄介は再び落胆し、深く息をつく。
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