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第11話 卯月
〈一〉
三月に入っても、日によってはまだ厚手のコートが必要なくらい、今年の冬は長い。
十日ぶりに会うショウさんの首元には、黒いコートに映える濃青のマフラーが巻かれている。
はじめこそくすぐったい気持ちだったが、このマフラーが冬の間ショウさんの健康を守る役目を一身に担っているのだと思えば、今では誇らしいとさえ感じる。
年が明けてからも、ショウさんとは時間の許す限り一緒に時間を過ごした。
けれど、春休みに入ってからのショウさんは、バンドだけでなく、バイトもいつも以上に入れているので、むしろ授業がある時よりも忙しそうにしている。
(俺も何かバイト探そうかな……)
ユウは本気で考えていた。
ショウさんと離れている間は、何もしていないと時間の流れが止まったように長く感じてしまう。
これまでどうやって過ごしていたのか、時間の使い方をすっかり忘れてしまって、せめてもと映画や読書で時間を潰しても、何かをきっかけにショウさんのことを思い出しては、また一人悶々とするの繰り返しばかりだ。
この十日間なんて、気が遠くなるほど長かった。ちょうどいいから、今日会った時にショウさんにバイトのことも相談してみようと思っていた。
待ち合わせ場所の駅から、一つ角を曲がった裏路地に、去年二人で見つけた穴場のカフェがある。
一戸建を改築したような雰囲気で、中に入ると天井が高く、外からでは窺えない立派な庭園を眺めることができる。
椅子やテーブルは一点ずつ個性があり、店主が厳選してコレクションしたもののような感じがする。
店内はカウンターの他に、テーブル席が三つほどゆったりと配置された、ちょうどいい大きさの店だ。
今日も店に入ると、店主と初老の紳士がカウンター越しに語らっている。他は、一番奥のテーブル席に二人組の女性客がティーカップを手に話を弾ませている。
「いらっしゃいませ」
店主が人当たりの良さそうな笑顔で迎え入れる。
見た目からすると、自分たちに近い年齢のような気がするが、落ち着いた佇まいからは大人の風格も見え隠れする。
二人ともガヤガヤした店は好まないので、良い隠れ家を見つけた気分だった。
店の雰囲気は良いし、コーヒーも美味しいので、いずれにしても適度に繁盛して長く続けて欲しい店であることに間違いない。
挽きたてのコーヒー豆の芳しい香りが漂う中、ショウが先に口を開く。
「今度のライブ決まったよ、四月十日。来週からまたちょっと練習とかでバタバタしちゃうかも」
(四月十日?……あ、俺の誕生日の次の日)
言いかけて、きっとライブ前は会えないだろうと思い直した。
会えない期間が長いのは寂しい。
「そうですか。観に行くの楽しみです。練習頑張ってくださいね」
「うん。それと、夏にはツアーやれそうなんだ。まだ本決まりじゃないけど。お世話になってるライブハウスの計らいで、二週間くらいかけて系列のライブハウス回るんだけど。近場の所もあるから、良かったら来て。望も出るかもしれないよ」
「えぇっ、凄いですね!初耳です。ツアーって、なんか範囲が広そうだし、大規模な感じですね」
もちろん素直な気持ちだったが、心の隅の方で、またしばらく会えない恋しさを感じ、気持ちが萎んでいく。
「まぁ実際のところは散財する金もないし、楽器めちゃめちゃ詰め込んだ激狭ワゴンで移動する貧乏旅行みたいなもんなんだけどね。あー、想像しただけで首痛くなってきた」
ショウさんは首を揉んで、コキコキと鳴らす。
「ふーっ」と息を吐きながら、首を揉んでいた手で、テーブルに肘をついて、気怠げに顎を乗せる。
「でも……ユウならついて来てもいいんだよ」
ショウさんが正面から真っ直ぐにこちらを見つめてくる。
表情こそ穏やかだが、何故だろう最近ショウさんがこの顔をする時、まるでライオンに狙いをつけられた草食動物になったような、そわそわした居た堪れない気持ちになる。
「え……、いいんですか?」
逸る鼓動を落ち着かせるように、テーブルの下で両の手をぎゅっと握り締めた。
「うん。まだ先だし、ほんとにやるか分からないけどね。それに宿は用意してもらえるけど、移動はワゴンだし、飯も大したもの食えないし。ははは。一応そんな事があるかもって、覚えといて」
今はいつものショウさんだ。
「はい……ありがとうございます」
それからふわふわして地に足がつかないでいると、店主が飲み物を運んできた。
「ブレンドと、カフェラテです。これ、試作品のサービスです。よかったら。ごゆっくりどうぞ」
店主がゆっくり去っていく中、
(あっ、そうだ。バイトのこと)
急に思い出して口に出した。
「ショウさん、俺バイト探そうと思ってるんです」
カップを持ち上げた手を止めて、目線をこちらに向ける。
「……そうなんだ」
ショウさんはもう一度カップを口に持っていって、コーヒーを口に含んだ。
「いいんじゃない? 何かきっかけでもあったの?」
一瞬、不思議な間があったような気がしたが、それは自分が唐突に話し掛けたからだろう。
ユウは正直に自分の今の状況を話すことにし、ショウはその話を聞いているうちに、みるみる目尻が下がっていった。
「……そっか。俺的には嬉しい話だったけど。でも、寂しい思いさせてごめんね。あのね、ユウ。俺、ユウのためならいくらでも時間作るから、会いたい時は遠慮しないで言って。どうしても無理な時はちゃんと言うから。こういうことは、一人で解決しないでいいんだよ」
優しく諭すような声が、胸の中にストンと落ちた。
ユウはまた救われた気がした。
(いつもそうだ。ショウさんは俺があれこれ考えて迷って、一人でぐるぐるしてダメになってても、そこから一瞬で掬い上げてくれる)
「本当にスーパーマンみたいだ……」
ユウは思った通りのことを言った。
「ははは、照れるなそれ」
ショウはちょっと本気で照れていた。
その後、どんなバイトがいいか二人で話し合うことにした。
「深夜帯とか居酒屋はだめ。怪しいお店も勿論だめ。家庭教師は……密室で二人っきりになるからなぁ」
まるで年頃の娘を持つ父親にでもなってしまったかのような過保護ぶりに、ユウは少々戸惑っている。
「ショウさん、それじゃうちの親より厳しいですよ。それに俺、大学生の男なんで。二人っきりになって不安なのは、女子高生の親ぐらいじゃないですか?」
「いや、お前は甘い。世の男も女も軽く見ちゃいかんぞ」
「ふふっ、頑固親父じゃないですか」
ユウは吹き出した。
ショウは冗談めかして言ったが、実のところ半ば本気でそう思っていた。
(ユウみたいな子がバイトに入ってきたら、ちょっとそっちの気のある男なら絶対放っておかないだろ。整った顔してるし、頭もいいし、実際女子からも結構人気なんじゃないか? ユウ、強く迫られたら断れなさそうだし。いっそ俺のバイト先で目を光らせて……いや、ダメだろ。絶対店長の好みだ。あー、全方位が危険すぎる!!)
「俺は映画館とか本屋とか、いいなって思ってます。あとは挑戦するって意味では、喫茶店とかもいいかなって」
「なるほど、本屋は悪くないかもな。カフェはいけません。どんなやつに目をつけられるか
……よし!俺の家の近くの本屋探そう」
ショウはすっかり過保護パパが憑依してしまったらしく、暴走し始めた。
「ショウさん、今日はどうしちゃったんですか?人格変わってます」
ユウはもう笑いを堪えられない。
あーでもないこーでもないと二人でくだらない話をしているうちに、あっという間に時間が経っていた。
「そろそろ帰ろっか。ユウ、一緒に飯食ってくでいいんだよね?」
「はい、母には言ってあるので」
「そのまま泊まっていけば?」
「はい、あっ……え、と」
先週会った時も、ショウさんのバイト前だったので、短い間しか一緒にいられなくて本当は寂しかった。
ユウの心の中で、今日はずっと一緒にいられるという期待感と、忙しいのに相手をしてもらうのも、という申し訳なさが交錯する。
「ユウ、何でも言っていいんだよ」
答えられずにいると、ショウがまた優しく促す。
「お店出たら……家に連絡入れます」
「うん、お母さんによろしく」
ショウさんはまた冗談なのか本気なのか分からない顔で言った。
〈二〉
「あの……っ」
会計を終え、店を出るところで誰かに呼び止められ、反射的に振り返ると、店主がユウに近付いてくる。
まさか本当に自分に用があるとは思っていなかったので、ユウは少々身構えた。
「君……あ、突然ごめんね。あの、実はさっきちょうど聞こえちゃって」
何かまずい会話でもしていただろうかと瞬時に頭を巡らせるが、思い当たるのは相手がショウさんのファンという事ぐらいしかない。
(どうしよう……もし何か聞かれてたら。どう答えたらいい?)
ついさっきまでの浮ついた気持ちが急に鳴りを顰め、目線だけでショウに助けを求めると、ショウが無言で一歩前に出た。
店主は一瞬たじろいだが、ショウに笑顔を向けると、またユウに話し掛ける。
「君、バイト探してるって言ってなかった? うちの店、来月から店舗形態を変えて、ブックカフェにしようと思うんだけど。それにあたって人手が欲しくてさ。君でよければ、どうかなと思って。よくうちに来てくれてるし。今は大学生?」
ショウは文字通り肩透かしを食って、店主の姿を追いかけることが出来ない。ユウもユウで、何のことやら店主の言葉を理解するのに時間を要した。
『ええっ??』
二人揃って、やっと一声上げられた時、店主は首を傾げてにっこり笑っていた。
「募集要項はこれなんだけど。簡単に言うと、カフェのホール業務と本の貸し出し受付になるかな。二名募集してるんだけど、まだ一人も決まってなくて。あ、お友達ももしよかったら」
(お友達……?)
店主はショウにテラシを渡そうとしたが、ショウは明らかに不機嫌そうな声で断った。
「いえ……俺は、別に探してないんで」
「そっか、ごめんね」
(スタッフ募集……週二日から……ブックカフェ改装オープンのため……未経験歓迎)
まだ完全には状況を飲み込みきれてはいないけれど、初めてのアルバイトにしては、なかなか良い条件が揃っているような気がした。
「ユウ……」
ショウが何か言いかけてやめた。
「ね、どうかな?細かい点は相談ということで。今ここで決めてという訳じゃないから、もし気が向いたらここに書いてある電話番号に連絡もらえたら嬉しいな。直接店に来てもらっても構わないよ」
店主は牧野と名乗った。
「……じゃあ、一度考えさせてください」
「うん、どうぞよろしく」
あの場でショウは何も言わなかったが、実のところは諦めていなかった。
「ねえ、本屋はどう? 俺ん家の近くの」
「えっ?本気だったんですか?」
「当たり前じゃん」
ショウが食い気味に答える。
「タイミング良く募集が出てるならいいですけど……。でも、あのお店も半分本屋みたいな感じでしたよね。ちょっと面白いかなって思って」
ユウ自身が前向きに検討しているのなら、さすがのショウも強引に阻止出来ない。
「そりゃあ俺もあの店気に入ってるし、店主も悪いやつじゃなさそうなんだけど……」
「そうですよね、親にも相談してみようと思います」
ユウは勇み足でショウの前をぐんぐん歩き出した。
「ちょっと、ユウ。待ってよぉ」
ショウは置いてきぼりを食らった。
〈三〉
「んっ、んん……ショウさん」
ガタ……ットン!
「ショウさん、濡れちゃう……あっ」
「ふっ……ぅ、……ん、はぁ……」
ガタタタッ……!!
夕食後、ユウはご飯を用意してもらったお礼に皿洗いを名乗り出たのだが、手が泡だらけのところでショウに背後を取られ、奮闘虚しく気付けばキッチンの反対側の壁に押し付けられている。
「ショウさん……ん、着いちゃいます」
泡が付着し濡れた手では、どうにもショウに触れることが出来ないので、ユウの両手は中途半端に宙に浮いている。
「……いい。俺で拭いて」
ショウはキスをしながら無理矢理ユウの手を掴み、自分の服で水気を拭った。
それからユウの腰に手を回し、服の上からユウの後孔を刺激する。
「あっ…!!」
ユウの体温が上がり、ショウの逸物に熱が籠る。
そのままユウを押しながら居室のドアを開けて、バタバタとベッドに傾れ込んだ。
ユウを押し倒し、濡れた服を脱ぎ捨てたついでに、ショウはベッドの下から何か取り出した。
「ねぇ、こないだ優磨からこれ貰ったんだけど。ユウ、使ってみる?」
ショウの瞳が妖しく光る。
外箱に既視感のあるカラフルな筒のような写真が載っている。
ユウにだって多少は知識がある。
「えっ……それ。俺が、使うんですか?」
「もちろん。俺にはユウがいるから」
(うっ……)
ユウにはなんだかほんの少しだけ屈辱的な言葉だった。
ショウは筒にたっぷりと潤滑油を注ぎ込み、ぬちゃぬちゃと数回握る。
その卑猥な音が、ユウの欲情を刺激する。
そうこうしている間に、ユウは身包みを剥がされ、ふるふると自我を持ち始めたユウの陰茎は、ショウの熱い口内にずぶずぶと含まれていく。
「うぁ……ぁ……」
「もっほ、良ふなうから」
「ちょっと、これ無理……!!」
ユウには目の前の光景があまりにも刺激的過ぎて、もはや道具など必要ないと思った。
あまりの快感ですぐに達してしまいそうになり、ユウは両手でショウの頭を必死に抑えるが、ショウの動きは止まることなく、繰り返し上下してはユウの細棒を扱き続ける。
「うう、うぅぅぅ……ショウさん……」
ユウの涙目はショウの支配欲を掻き立てる。
「ダメだよユウ、この前約束したよね?何て呼ぶんだっけ?」
ショウは一旦は口を離したものの、すかさず右手でユウを刺激する。
指先まで使った絶妙な力加減で、ユウはもう我慢ならない。羞恥心などとうに消えかけている。
「んん、イきたい……ショウ!あっ……イきたい!!」
「まだ我慢して。お楽しみはこれからなんだよ」
「やだ、ショウ、ショウがいい! それいらない!」
その言葉は、ショウの肉棒を一気に興奮の頂点へと押し上げるには充分すぎる響きだった。
ショウは、左手で愛しそうにユウの髪をかき上げながら耳をくすぐり、ユウの口内に分厚い舌を滑り込ませる。
そしてじゅわりと唾液を流し込むと、ユウの体をくるりと返し、軽々と腰を引き上げた。
「はっ……ユウ、それやばいね。最高……」
ビキビキと血管が浮き出し、赤黒く反り立った欲棒をユウの後孔にビタリと張り付けると、脚の間を行ったり来たりし始めた。
「あっ! うぁぁぁ……」
ユウは全身をびくりと震わせ、後方からの快楽に耐え忍ぶ。けれど既にユウの穂先からは薄い乳白色の露が溢れ落ち始めている。
構わずショウは指を潤すと、ユウの赤い蕾を開いていく。
「う、うぅぅぅ……ん、ぁぁあ!……ん!」
じゅぷじゅぷ……くちゅ……
「ユウ……もっと開いて」
ショウの声も興奮で僅かに震えている。
そしてユウの中が柔軟になる瞬間を目敏く見極めると、普段より一回り大きく膨れ上がった陽物を一気に突き挿した。
「あっっっ……っ!!!」
ユウはその一挿きで果てた。
腰は砕け、ガクガクと膝を震わせ、腕にはもう力が入らないのに、ショウが一挿きするごとに、ユウの先端からはピュッピュと蜜が弾ける。
「や……ぁ、ぁあ……!!ショウ……!」
「うんっ……ユウ、もっと、呼んで……」
「ショ……っはぁ、奥に……」
「はぁ、はぁ……、うん……」
『出して!!』
『出るっ……!』
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