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第3話 夏夜の邂逅③

 ちりちり、りりり、と軽やかに鳥が歌う。  金属を打ち鳴らす音にも似た独特な囀りは、夏に現れるコヨシキリの声だ。涼しい空気を好む彼らは高原にとどまるから、海沿いにある幻乃の住まいでは、まず聞くことのない囀り声でもある。 「……?」  どうやら馴染みのない場所にいるらしい。はて昨夜はどこに泊まったのだったかと記憶を探りかけて、――幻乃は意識を失う直前の出来事を思い出した。 「ぅ……っ」  目を開けて、自分の居場所を確かめるより前に、幻乃は素早く己の刀を探し出す。幸いにして、身を起こすまでもなく、隣に慣れ親しんだ鞘を見つけた。手に愛刀を強く握り込み、幻乃はほっと息をつく。  周りを見渡せば、目に入ったのはふかふかの白い布団と、手入れの行き届いた美しい和室。掛け軸や生け花までも飾られているその部屋は、幻乃のような一介の勤め人にはまず縁のない、格の高い寝室だ。どこかの藩主の部屋だと言われても納得できる程度には、品が良い。   (なぜ生きている?)    幻乃の記憶がたしかなら、腹に受けた傷はたしかに致命傷だったはずだ。たとえば夜中、通りすがった酔狂な誰かがお節介にも手当てを施したとしても、助かる傷ではなかった。――それこそ、斬った直後に治療したのでもなければ。  身を起こした途端に、腹に激痛が走った。声を出さずに悶絶して、幻乃は手早く傷の状態を確かめる。  胸から腹にかけての、深い刀傷。斬られた場所は、幻乃の記憶どおりだ。きっちりと巻かれた包帯を解いてみれば、丁寧に縫われた傷口が現れた。  刀傷を糸で縫って閉ざすやり方は、外国から入ってきたばかりの最新の処置だと榊家付きの医師に聞いた覚えがあった。そんな最新の術式を施せるものといったら、幻乃が聞いた医師と同じく、藩主お抱えの者くらいだろう。  はてさていったい誰に拾われたのか。  殺し合いに敗れた武士を拾って命を繋ぐなど、それこそ武士の情けもありやしない。物を知らないぼんぼんか。良家の子女の気まぐれか。   (余計なことを)    最悪の気分で舌打ちする。  意識を失う直前に受けた一撃は、敵ながら惚れ惚れするほどの剣筋だった。あれほどの強者と斬り合えた幸福を、そのまま抱えて逝けたならどれほど良かったことか。  かくなる上は、幻乃を連れ帰った無粋者の面を拝んで、悪態のひとつでもついてやらねば気が済まない。相手が女か子どもならば、懐柔して骨の髄まで利用しつくしてから手酷く捨ててやりたい気分だったし、男ならば、この場で斬り捨ててしまいたかった。    重い手足を動かして、幻乃は掛け布の下から這いずり出る。しかし、立ちあがろうと足先に力を込めた瞬間、かすかな軋みが遠くから聞こえてきた。  足音の重さからして、大人の男だろう。床が軋む小さな音が、規則的に響いていた。  刀の柄に手を掛けつつ、幻乃は頭まで掛け布を被り直して横になる。目覚める前と同じ姿勢を偽装しながら息をひそめていると、床の軋む音はどんどんと近づいてきた。    やがて、足音は部屋の前でぴたりと止まる。  襖の間から朝日が差し込むと同時に、幻乃は飛び起き、侵入者に切り掛かった。   「……っ!」 「暴れるな。傷が開く」    不意をついたはずの幻乃の一撃を、侵入者は鞘から抜き切りもしない刀で、やすやすと防いだ。 「なぜ、あなたが」    呆然と目を見開きながら、幻乃は呟く。

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