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第30話 秋月と戯れ⑤
幻乃が直澄に追いつくころには、ほとんどすべてが終わっていた。道中には物言わぬ死体が点在しており、一際開けた場所――以前、幻乃が直澄と手合わせをするのに使った場所では、ちょうど直澄が、三人の刺客を相手取って立ち回っているところであった。
だが、それも間もなく終わりを迎える。首を斬られた一人が地に伏せ、残る二人のうち一人もまた、血を流しすぎたのか、刀を落としてぴくりとも動かなくなった。
「『人斬り狐』はどこにいる……!」
最後に立っていた一人は、満身創痍の体で気丈にも構えながら、唸るようにそう言った。
「隠しても無駄だ。この地にあの悪名高い人斬りが匿わていることは、突き止めているのだぞ!」
「ほう? では、その悪党に、何の用事があるのか言ってみろ。事と次第によっては、居場所を教えてやらんでもない」
冥土の土産にな、と悪どい顔で呟く直澄は、控えめに言っても魔王か悪鬼のようだった。直澄の挑発を受け、血まみれの男は激昂したように怒鳴り出す。
「知れたこと! あの人斬りのせいで、ひと月前、我々は……ぁ?」
「――ああ、すまない。もう斬ってしまった」
チン、と刀を鞘に収める音がした。気づけば刺客の男と直澄の位置は入れ替わっており、「え?」と呆然としたような声を最後に、男は自らの血でできた血溜まりの中へと崩れ落ちていく。
いつ斬られたのかさえ気づかなかったのだろう。ぽかんと間抜けに開かれたままの目と口が、憐れみを誘った。
一撃で命を刈り取る神速の剣線。幻乃でさえ、目で追うのがやっとだった。木の幹に背を預けながら、幻乃は賞賛のため息をつく。
「……片付けたのか」
どうでもよさそうに声を掛けられて、はっと幻乃は正気に帰る。勢いをつけて木から背を離し、幻乃は直澄の元へと近づいていく。
「俺の方に逃げてきたふたりは斬りました。周囲に人の気配はありません」
「知っている。ずいぶんと無駄口を叩かせていたようだな」
「ああ……、失礼しました」
山本との短いやり取りを思い出し、幻乃はわずかに笑みを曇らせた。それに気づいたのか、直澄は頬に飛んだ返り血を手の甲で拭いながら、幻乃の顔を覗き込むように背を丸める。
「浮かぬ顔をしているな。あれほど斬りたがっていたくせに」
「人を殺人鬼みたいに言わないでください。俺が斬り合いたいのは強い相手です。欲求不満というやつですよ。直澄さんが真剣では相手をしてくださらないのがいけないんです」
茶化して煙に巻こうとしたのに、直澄は仏頂面のまま、幻乃から目を離そうとはしなかった。
「何を話した?」
「直澄さんが心配するようなことは、何も。人気者は羨ましいですね。たくさんの方から熱烈な思いを寄せられていらっしゃるようだ」
「俺に限ったことでもあるまい。維新に関わった藩の者は皆、多かれ少なかれ恨まれている」
「そうでしょうね」
地面に落ちた三体の死体を眺めながら、幻乃は道中で見かけた死体の様子を思い出す。服装も年代も様々で、忍も武士も、町人らしき者も混ざっていた。山本の言ったとおり、今夜襲ってきた刺客は、三条に恨みを持つ者たちの寄り集まりだったのだろう。
あるいは、新時代を受け入れられなかった者たちの集まりと言うべきか。
(俺は、どうなんだろう)
今は良くても、この先は?
――貴様も遠からず辿る道だ。時代に流されることしかできぬ、戦狂いの若造よ。
――きっとお前は平和な時代では生きていけない。
考えまいと思うほど、投げかけられた言葉が胸のうちでぐるぐると渦巻く。
幻乃は毎日をただ生きることしか考えてこなかった。新時代とはそもそも何なのかすら、興味を持ってこなかった。賛成も反対もない。荒れた今の情勢がいつか落ち着くとして、どんな時代が待っているのかすら分からない。幻乃には、斬り合い以外にやりたいことも、刀以外に本気で興味を抱けるものも、何もないのだ。
「……直澄さんは、なぜ維新を進めようと思ったのですか?」
刺客たちの刀を拾い集めながら、幻乃はなんとなしに直澄へと問い掛けた。
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