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第31話 秋月と戯れ⑥

「俺が進めたわけではない」 「ご謙遜を。三条といえば、もっとも多くの敵を屠り、幕府を打ち倒した立役者ではありませぬか」    話をねだるように言葉を足せば、直澄は億劫そうな様子ではあったものの、やがてゆっくりと口を開いた。   「黒船を知っているか」  顔を上げた幻乃は、首を傾げながらも「ええ、もちろん」と頷く。   「十五年くらい前に来た、外国の船でしょう? 新しい技術を色々と運びこんできたと聞いていますよ。思えば維新をと叫ばれるようになったのも、あのときからでしたね」 「そうだ。俺はこの国の中でさえ、端から端まで歩いて見て回ったこともない。だが、世界から見れば、このヒノモトの国も東の果ての小さな島国でしかないのだという。世界は途方もないほど広い。……ところがどうだ? 運び込まれた技術は革新的で、髪も目も肌の色さえ違う者たちが、いつ押し寄せてくるかも分からぬというのに、我々は延々と内輪の頂点を巡って揉めている。井の中の蛙そのものだ」 「はあ……」    自分で尋ねた話ではあったけれど、滔々(とうとう)と語られる言葉は、いまいち幻乃の興味をそそるものではなかった。大局を見据えているせいなのか、どこかあいまいで、何を言いたいのかが分からない。  俊一も、こういう回りくどい話し方をする時があった。藩主というものは皆こういうものなのだろうか。亡き主人を思い出しながら気のない相槌を打てば、直澄は呆れたように眉間の皺を深めた。   「……要は、外国は我々よりも圧倒的に進んだ技術と考え方を持っていて、ヒノモトの国は今すぐ動かなければ、容易に他国に吞み込まれないということを、多くの者が実感したのだ」 「直澄さんもそう思ったから、改革側に(くみ)したのですか」  幻乃の問いかけに、直澄は小さく頷く。   「時代の流れは止められない。ならばせめて、流される側よりは、流れを作る側に立つことを選んだまで」 「なるほど……」  言っている意味は理解できる。けれど直澄の答えは、幻乃の抱えるわだかまりを晴らしてはくれなかった。  直澄は上に立つ者としてきちんと先を見据えている。どれほど近しく、似た者同士だと感じられても、結局のところ直澄は幻乃とは違うのだと、分かりきっていた事実を改めて実感しただけだ。  拾い集めた刀に視線を落とし、幻乃は直澄に気付かれぬ程度にため息をついた。――つもりだった。   「――あの死体どもは、お前に何を吹き込んだ?」  直澄は、おどろおどろしい声でそう一言呟いたかと思えば、ぐい、と強く幻乃の腕を掴んだ。慌てて顔を上げるが、月を背負った直澄の顔は、逆光で表情がよく見えない。

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