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第32話 秋月と戯れ⑦

「え? ……っ、わ」    こちらの都合などお構いなしに、直澄はどこぞへと幻乃を引っ張っていく。直澄は彼我の体格差を忘れているらしく、進む速度に一切の容赦というものがなかった。足がもつれて、幻乃はうっかり近くの死体につまづきかける。 「直澄さん? あの死体、処理をしないとまずいのでは――」 「お前が気を回すことではない」 「そうですが……、あの、痛いんですが! いきなりどうしたんです?」  馬鹿力め、と内心舌打ちをする。こうもしっかり掴まれてしまうと、振りほどこうにも振りほどけない。幻乃にできることといえば、何やら不機嫌を丸出しにしている直澄に引きずられるがまま、小走りについていくことだけだった。  見慣れた寝室の襖を開くや否や、直澄は幻乃を部屋の中へと突き飛ばす。 「……っ! 今日の直澄さんは、ずいぶんと乱暴者ですね? どう――」 「抱かせろ」  文句を遮って告げられた言葉に、思考が停止する。  張り付けたままの笑みが崩れなかったことを自分で褒めてやりたいくらいには、驚いた。 「……聞き間違えでしょうか。今『抱かせろ』と仰いましたか?」 「そう言った」  静かな声音で告げるとともに、直澄は後ろ手に襖をぴしゃりと閉じる。月明かりが差し込む薄暗い部屋の中で、直澄の瞳だけがぎらぎらと輝いて見えた。気圧(けお)されるように、幻乃は空笑いを浮かべ、尻もちをついたまま後退(あとずさ)る。 「あ、はは……、お戯れを。人を斬って、昂ってしまわれましたか? 悪いことは言いません。馴染みの娼館に行かれた方が――」 「女では務まらない」 「そうでしたね。でしたら陰間茶屋! 陰間茶屋に参りましょう? いつも行ってらっしゃるでしょう? 俺も、お供しますから。俺のような素人で間に合わせるより、よほど良い思いができますよ」  早口に言い募っている間にも、直澄は容赦なく幻乃を押し倒してくる。やすやすと両腕を布団に縫い付けられながら、幻乃は心の中で嘆いた。  ――なぜ、今日に限って。  二か月もの間そばで暮らしたが、直澄に劣情を向けられた覚えは一度としてなかった。ただでさえ久々に斬り合いを楽しめるかと思えば肩透かしを食らい、胸にはもやもやとしたわだかまりが残るだけに終わったというのに、あんまりではなかろうか。厄日に違いない。  単純な腕力でも体格でも敵わぬ男に伸し掛かられている状況ほど、不愉快で落ち着かないことはない。手際よく着物をはだけられ、ほとんどむき出しにされた上半身が、冷や汗のせいで妙にすうすうとした。 「もう黙れ、幻乃。……お前は、ではないはずだ――」    うめくように何事かを囁いた直澄は、そっと幻乃の袴に手を伸ばす。  その瞬間、わずかに直澄の視線が逸らされた一瞬の隙を狙って、幻乃は全力で拘束を振りほどいた。 「黙るのは、あなたの方だ!」

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