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第34話 秋月と戯れ⑨※
押さえつけられながら口付けられるのは、初めてだった。相手に主導権を委ねたまま舌を絡ませるのは、どうにも尻の座りが悪くてたまらない。けれどその不自由さは、思うほど悪くはなかった。
呼吸まで食われそうな荒々しい口付けなのに、熱く湿った直澄の舌は、意外にも繊細に動く。味見をするようにぞろりと上顎を舐め上げられて、反射的にびくりと全身が震えた。
凛とした硬質な印象が強い直澄の体にも、こんなにも柔らかな場所があったのかと不思議になるくらい、絡めた舌は柔らかかった。ざらりとした感触をすり合わせるたび、腰のあたりにおぼえのある熱が降り積もっていく。
「ん、……っ」
隙間なく体を重ね合わせている直澄にも、幻乃の体の変化は如実に伝わっているらしい。口付けの合間に、ひそやかに笑う気配があった。人のことが言えるのかとからかってやりたい気もしたけれど、体に染みついた血臭に煽られているせいもあってか、言葉を発するだけの余裕がない。
競うように相手の衣服に手をかけて、あっという間に互いを隔てるものはなくなった。ひたりと肌を合わせるだけで、うっとりと吐息をこぼしそうになる。直澄の節くれだった手が幻乃の肌をまさぐっていく。その硬くごつごつとした感触に、刀を振る直澄の姿を思い出し、ぶるりと幻乃は体を震わせた。
ゆるりと首を傾げた直澄は、幻乃の髪紐をほどきながら、ついでのように背を撫でて、確かめるかのように筋肉の線を辿っていく。その指先が腹の傷跡にたどり着いた瞬間、幻乃が感じたものは、疑いようもない官能だった。
背を反らせた拍子に顎が上がり、とうとう堪えきれなくなった嬌声が、口からこぼれ落ちていく。くすり、と直澄が嘲るように笑った。
「傷が好きか」
「そう、かも……しれません。嫌だな、知りたく……っ、なかった」
「どうして?」
低く甘く語りかけながらも、直澄は見せつけるように幻乃の傷跡に舌を這わせていく。くすぐったさの奥にあるぞくぞくとするような感覚が、快楽の萌芽なのだと一度気づいてしまえば、意識せずにはいられなくなる。
「……は……、あなたに斬られた傷で昂るなんて……っ」
「屈辱的、か? それは、唆られるな。声を殺すな、幻乃」
端から端まで傷跡を辿った直澄の舌が、ためらいなく幻乃の陰茎へと降りていく。ぬるりと温かな感触が屹立した己のものに這わされる瞬間、たまらず幻乃は顔を歪めて、片手で強く口を押さえた。
「……ん、……はっ、はぁっ」
あの高潔な男が己の浅ましい欲望を口に含んで奉仕しているのだと思うと、それだけで果ててしまいそうだった。口淫の経験がないわけではないのに、初めてされたときよりよほど、直澄に施される愛撫は刺激が強い。腰が勝手にびくびく跳ねて、あられもない声がこぼれそうになる。
下腹部に埋められた直澄の頭を押さえるけれど、それが直澄を止めるためなのか、より強い刺激を求めてのことなのか、幻乃自身でさえも分からなかった。
「あ、直澄、さん……っ」
ゆるゆると腰が動いてしまう。けれど、衝動に任せて直澄の喉奥を突き上げかけたそのとき、ぱっと直澄は口を離してしまった。
「は、……はっ、ぇ……?」
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