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第38話 秋月と戯れ⑬※
刀で斬られるのは怖くなくても、体の奥深くまで暴かれるのは別種の恐怖があった。尻が裂けていたらどうしてくれよう。涙が一筋、二筋と目尻から零れ落ちていく。ぐす、と憐れな音を立てながら、幻乃は鼻水なのか涙なのかも分からぬ液体を啜った。
衆道を嗜んでいた周囲の者たちは、本当にこんなことをしていたのだろうか。とても正気とは思えない。自分で煽ったことながら、なんでこんなことをやろうと思ってしまったのかと悔いる気持ちが湧いてきた。
そのとき、ふと直澄の手が幻乃の顎を掴んだ。抗う間もなく振り向かされて、幻乃はぼんやりと直澄を見つめ返す。己がどんな顔をしているのかなど、考える間もなかった。いつものような笑みを作れていないことだけはたしかだろう。
涙に濡れた幻乃の顔をまじまじと眺めて、直澄は恍惚と笑い出す。
「は、あはは……、ああ、いい顔だ。幻乃」
「……ぇ?」
「泣くほど恐ろしかったか? あのお前が、表情ひとつ取り繕えないとは。閨のお前は、こんな顔をするのか……。ああ、いいな、たまらない……っ」
涙を舐め取るように、目元に優しく口付けられる。直澄のその顔が、斬り合っているときとよく似た興奮の色を浮かべていると気づいたときには、もうだめだった。
ぞくりと体の芯に火が灯る。
「……ふ、ぅっ」
ぶるりと体を震わせ、息を詰まらせた幻乃の変化に、直澄も気づいたのだろう。逃がさないとばかりに、幻乃の体をしっかりと抱き込んできた。
交わる角度がわずかに変わる。獣の交わりそのものの姿勢を恥じるより前に、全身を支配する感覚に、幻乃は大きく息を呑んだ。押し広げられた後孔で生まれる感覚が、痛みだけでないことに気がついたのだ。
「うっ、ぁ……、何……? 何、か……、おかし、い……こんな……っ、おれ、しらな、い」
「知らない?」
「だって、こんな……!」
指で中を刺激されていたときと同じ、深く強烈な快感の気配を感じた。痺れるような快楽の予感に、幻乃は身をすくめながら直澄を振りあおぐ。
芸術品のような裸体を惜しげもなく晒しながら、直澄は幻乃の視線を受け止めて、嗜虐的に笑った。見せつけるように幻乃の腹の傷跡を撫でながら、直澄は幻乃の耳元に唇を寄せる。嫌な予感がすると思ったときには、嫌味なほどに優しい声で、そっと直澄は言葉を吹き込んできた。
「何もおかしくない。いいならいいと言え。……ああそれとも、あれだけ大口を叩いていたくせに、まぐわいもろくに知らなかったのか、幻乃? 泣いて、喘いで、こんなに震えて……愛いことだなあ」
「……! くそ、このっ、……っ! ん! ぅ……っ」
自分が吐いた毒を、字面だけを変えてそっくりそのまま返された。この野郎、とうっかり素のままの言葉をこぼしそうになった瞬間、それを見計らっていたかのように直澄は腰を揺らし始める。
目をきつく瞑った幻乃は、揺さぶられる衝撃に耐えるように、強く唇を噛んだ。なまじ直澄のものが大きいからなのか、大して動かしているわけでもないのに、揺らされるたびに腰が抜けるような刺激が走る。幻乃をおかしくさせる一点を常に押され続けている気分だった。
「……っ、んっ、んぅ……っ」
直澄の動きに合わせて、勝手に喉がうめき声を作り出す。その声が媚びた響きを帯びているものだから、自分で自分が嫌になった。
煽るつもりで乱れてみせるのは良いけれど、本気で乱されるのは屈辱的だ。縋るように敷布を掻いてみたけれど、降り積もる快感から気を散らすには、かけらも役に立たなかった。
「ああ、ほら。逃げるな、幻乃」
「うあ……ぁ――!」
知らず捩っていた腰を引き戻された挙句に、直澄は幻乃を追い詰めるように腹を手のひらで押してくる。入っているものの大きさを意識せずにはいられなくなる上に、ぐっと腹を押されるたびに、中に痺れるような快楽が走るものだから、幻乃としてはたまったものではない。
声も出せないままに気をやって、絶頂から降りる前にまた、嫌がらせのようにもう一度、快楽の果てに押しやられる。噛んでいたはずの唇は、いつしか唾液を堪えることすらできなくなっていた。
意識が朦朧としてきた頃合いに、ようやく腹の中に熱い飛沫が放出される。幻乃はくてりと敷布の上に身を投げ出して、これでやっと終わるのだと唇を緩めた。
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